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2008.07.09 Wednesday

伝説的歪み萌え小説の傑作、アンナ・カヴァン『氷』ついに復刊!

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    厳寒期の街で車を走らせているという現実的な描写からはじまるにもかかわらず、急に“この世のものとは思えない白い花が生け垣の上に咲き競いはじめ”て、絶世の美少女が裸で登場するのだ。
    探照灯のように少女の裸体を浮かび上がらせる。雪の純白を背にした、子供のように華奢なアイボリーホワイトの身体、ガラス繊維のようにきらめく髪。(P9)

    これ、なんてエロゲ?
    さらに怒濤のロマンは止まらない。
    平板な光の中で、その髪が曇った銀器のような輝きを放った。私は少女のところまで降りていって言った。「そんなに怖がることはない。約束する。私は必ず君を助けだす。さあ、あの塔の上まで登らなければ」 (…)私は少女の体をつかみ、斜面を引きずり上げた。少女の体は重さがないに等しく、実に楽な作業だった。片腕で彼女を抱きかかえて、廃墟の前で立ち止まり、塔を見まわして、これ以上登っても無駄なことを悟った。塔は倒壊する運命になる。(P17)

    まるで、『ICO』である。萌えとゲーム性を高次元で融合した名作『ICO』でしょ、これ! 塔とか廃墟とか、突然と現れて、それがどのようなものか社会性を持って描写されることはない。
    銀色に輝くロングヘアー、体重がほとんどない華奢な体、真っ白な肌。そんな少女と出会い、引き裂かれ、逃げられ、また出会う。妄想! なんて素敵で残酷な妄想。
    17ページ目というしょっぱなもしょっぱなで、もう勝手にこのようにクライマックスなのである。
    というか、随時、クライマックス。連発するクライマックス。妄想クライマックス萌え幻想小説が、アンナ・カヴァン『氷』だ。
    一羽の大きなセグロカモメが故意に私の関心を引こうとでもいうかのように、翼の先端で私の頬をかすめるほどに近くを飛んでいった。私の眼はそのあとを追って上方のボートデッキに向けられた。そこに少女がいた。つい今しがたまで誰もいなかったその場所に少女が立って、私とは別のほうを眺めていた。(P33)

    なんて描写を読むと、『未来少年コナン』のコナンとラナの再会(名シーン!)を思い出さずにはいられない。

    どちらかが、どちらかのパクリとかいうことじゃない。これは、人類の萌え集合無意識を正確に掬い上げ、絶妙に表現しうる者が、この世界には何人かいて、それがアンナ・カヴァンであり、宮崎駿であり、上田文人である、と。ただそれだけのことだ! 万歳! 呪われた世界、万歳!

    萌え妄想に支配されている『氷』の語り手の現実感は、少女が登場すると歪んで歪んで突っ走る。文部科学省推薦とは言えぬ妄想も当然。
    男はさらに身を乗り出してベッドに膝をつき、少女の肩に手を伸ばして押した倒す。意志を失った少女はなされるままで、そのごくわずかな体の動きさえ、完全に男の動きに従っている。(P52)

    以後、愛する少女のレイプシーンを、語り手は、何もせずにただただ観察する。男も、少女も、語り手の存在を気にもとめない。そこには、現実的な約束事は消え去り、ただ見たい/見せたいシーンが描かれるだけだ。
    少女を見つけたのはまったく偶然だった。ほど遠からぬ石の上に、少女は顔を下にして横たわっていた。口からひとすじの血が流れ出し、首は不自然な格好にねじ曲げられている。生きている人間がこんな角度で顔を曲げられるはずがない。首の骨が折れているのだ。(P75)

    少女が死んでも、だいじょうぶ。次のシーンでは何の説明もなく生き延びている。

    語り手は、少女を救うための勇者だ。それと同時に“いつも弱々しい肉体を痛めつけられ傷つけられた絶望的な犠牲者として登場”する少女に喜びを感じる虐待者でもある。
    コナンであると同時に、ダイス
    なんという男の快楽に都合のよい役柄! そのことに苦悩しながら、繰り返し幻視する少女少女少女少女。
    「人でなし! けだもの! あなたなんか大嫌い!」「殺してやりたい!」 あなたに罵詈雑言を浴びせる少女。だがその罵詈は、あなたから見捨てられることを恐れているための言葉と解釈しうる。「それじゃ、私がそのようなことを言わなければ、ずっと私と一緒にいてくれたと言うの?」(P175) ツンデレであり、ヤンデレである。

    そして、自分と少女以外は滅びてしまう終末セカイ。何の説明もなく、二人の望みであるかのように……。

    “氷と死の超絶的な世界”で、わたしと少女は疾走する。絶望と希望だ。

    なんだ、この伝説的萌え小説は!
    驚くべきことに、これ、1967年に書かれているのである。
    もうひとつ驚くこと。著者が女性だ。
    『氷』は唯一無二の作品だ。その魔法の力によって、『氷』は唯物論的なサイエンスファンタジーの視界を超えた領域に到達している。(ブライアン・W・オールディス)

    もっとも謎めいた現代作家のひとりであるアンナ・カヴァンは、独創的かつ魅力的な小説世界を想像した。(J・G・バラード)

    夢や幻想、想像力といった夜の世界の探索を敢行する作家の中でも、アンナ・カヴァンに私はずっと賛嘆の念を抱いてきた。(アナイス・ニイ)

    歪んだ萌え最終兵器アンナ・カヴァン『氷』、復刊である。
    心して読まれよ!
    コメント
    又絶版になってしまったのが残念です。。
    • dokan
    • 2013.02.25 Monday 20:06
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