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2005.08.18 Thursday

「なぜ人を殺してはいけないか」 主語が何か、はっきりさせてから考える大切さ

0
    倫理・宗教・法律を持ち出さず、かつ情に訴える以外の方法で、「なぜ人を殺してはいけないか」を説明してください。
    という質問が「はてな」にあった。

    こういう質問は何度となく繰り返し問われる。
    単純だと思うんだけどなー。

    「なぜ人を殺してはいけないか」の主語が何であるか?をまず確認する。
    それは「われわれは」である。
    「わたしは」なら、聞く必要がない(自分の考えなんだから)。
    「あなたは」なら、この質問はなりたたない(その場合は「殺してもいい」という回答もありえるのだから)。
    しかも、質問者は、そういう個別的な意見ではなく、みんなに通じる「説明」を求めている。だから、この質問文の主語は「われわれは」である。
    主語を省略するから、無意味に難しい回答をひねくりださなければならなくなる。
    つまり、
    これは、「われわれは、なぜ人を殺してはいけないか」という疑問である。

    「殺してもよい」と設定すると、人は殺しあっていなくなる。
    「われわれ」がいなくなることを「われわれは」望まない。
    というか、いなくなった「われわれは」、いい/いけないを判断することができない。
    よって、「われわれは、人を殺してはいけない」と言わざるを得ないのである。

    質問者が、たくさんの回答をもらっても、納得しないのは、質問の主語を「わたしは」なのか「われわれは」なのか設定せずに考えているからではないか。
    「わたしは」の場合と「われわれは」の場合では、おのずと考え方の道筋が変わってくる。それをごっちゃにして考えていくと混乱してしまうのだ。

    以前書いた「あの曲はダメ!」って言う5つのポイントで、「主観的な感想なら主観的な言葉を使おう」と書いた。
    意見や感想を言うとき、疑問を考えるときは、その主語が、「わたしは」なのか「あなたは」なのか「われわれは」なのかを、ちゃんと明確にしてから、考えるべきだろう。そうしないと無意味にぐるぐると迷走するだけだ。森達也が『世界が完全に思考停止する前に』で使っているフレーズを借りれば“主語のない述語は暴走する”のだ。
    「主語をはっきりさせて対話する」ことが大切だ。

    追記:気になった関連リンク
    「なぜ人を殺してはいけないか」は倫理規範の同期現象である
    殺してはいけないて、そういうことかー!

    ■こどもそ関連リンク
    なぜ人を殺してはいけないかリアクション
    なぜ人を殺してはいけないか再考
    コメント
    これ「主語」の問題でしょうか?
    「われわれは人を殺してはいけない」のだったら何故、戦争や
    死刑制度で「われわれ」は殺人を許容するのでしょうか?

    そもそも、この「はてな」にあった質問がおかしい。
    「人を殺してはいけない」のは倫理や法律があるからでしょう。
    「***してはいけない」ってのが倫理や法律と無関係なわけが
    あるか!
    • 毒電波男
    • 2005.08.19 Friday 07:20
    私はyonさんの書き込みに納得した。
    しかし、それに対する質問者の回答は、
    yonさんの書き込みの一部の内容にのみ反応してるだけ。
    それでは、失礼なのでは無いか。
    yonさんのは、それほど長い書き込みでも無いのに。
     
     
    この質問を投げかけた人がしたかったのは、はたして
    疑問を解決することだったのか。
     
    目的は別のところにあって、
    「倫理・宗教・法律を持ち出さず、
    かつ情に訴える以外の方法では、
    説明できないだろう。」
    ということを証明し、
    自己顕示欲を満たしたかっただけでは無いのか。
     
    自分もやりがちなのだが、
    コミニケーションをして
    他人と意見をやりとりしたいというよりも、
    自分が発言しただけのように見える。
     
    一休さんに出てくる、足利義満のように。
     
    回答に納得しないための質問ならば、
    主語が無い方が、
    のらりくらりと、反論しやすい。
    • ナナシ島
    • 2005.08.19 Friday 09:22
    「日本を含め、多くの文明国は平等で自由な社会を目指しており、殺されない自由を優先したから」だけの話です。

    自由な社会では基本的に何をしても構いませんが、平等な社会では「殺す自由」と「殺されない自由」は両立できません。
    そこで社会の総意として「殺されない自由」を優先しました。
    なので、「殺す自由」を行使してはいけません。

    特殊な状況ですが、「殺されない自由」が保証されない場合には「殺す自由」が認められます。

    倫理・宗教・法律は関係ないでしょう。
    倫理・宗教・法律のバックボーンと同一ではあるかもしれませんが。
    • マジレス
    • 2005.08.19 Friday 09:30
    ギャグですか。ギャグですねこの質問。
    「人」ってなんですか。
    ホモサピエンスのアングロサクソン系、モンゴロイド系、
    その他系統のことですか?
    じゃあなんでそれらが「人」なのですか?
    それらは生物学上ではホモサピエンスであって、
    「人」と分類される生物ではありません。
    「人」とはそれらを倫理的、宗教的、法律的、その他社会学的に認識してできた概念です。
    この時点ですでに質問が矛盾しています。
    倫理的、宗教的、法律的に存在しているものに対して、
    倫理的、宗教的、法律的な考え抜きに語れといっても、
    前提の時点で破錠しています。
    • Mt.reliance(仮)
    • 2005.08.19 Friday 11:53
    わぁー、単純な回答では納得してくれないかーー。
    というか、やはりこの質問は、「おもしろい質問」なのかなー、これだけリアクションがあるのをみると。
    毒電波男さんの反論について、他いろいろ、また後からリアクションしますね(うちあわせに出なくちゃなんないので、今、きちんと書けないからー)。
    • よねみつ
    • 2005.08.19 Friday 12:05
    よねみつ氏
    >うちあわせ
    ガンガレ〜。
    主語の大切さは勉強になりました。

    リンク先の質問においてまず「人」の定義がそっちのけで
    やり取りされてるのになんだかなぁというか、
    質問者馬鹿過ぎ、回答者焦り過ぎ、って感じがします。
    まあ薄学浅学ゆえになにか違う「人」の定義があるかも
    しれませんが、こういう場合とりあえず質問者に
    「人とは何か」を問い詰めることが第一かと。
    • Mt.reliance(仮)
    • 2005.08.19 Friday 12:24
    まず、はじめに言わせてもらえば、
    『われわれは、人を殺してもかまわない。』

    『人を殺してはいけない』というのは、
    あくまで、倫理・宗教・法律・人情的発想の上で成り立っているので

    「『なぜ、我々は人を殺してはいけないのか?』とゆう問いに
    論理・宗教・法律・情に訴えることなく、答えろ」

    という質問自体が愚問。
    • つちのこ
    • 2005.08.19 Friday 15:13
    やはり質問そのもに無理があるなあ。
    「人を殺してはいけない」ということ自体が倫理・宗教・法律に基づいているもの。
    「種を守るため」とか「殺されない自由を守るため」という意見はもっともなのだけど
    では「相手を殺さなければ自分の種や殺されない自由を守れない」
    という状況になったらどうするか、というジレンマが発生する。
    つまり倫理・宗教・法律を抜きにすれば「人を殺してもいい」という状況がある(宗教・法律でも場合によっては認められるけど)。
    しかし質問主はケースバイケースも、いけない理由はないという解答もダメだという。
    禅問答かなぞなぞでもやりたかったんだろうか。
    • モクセイ
    • 2005.08.19 Friday 15:22
    このエントリの話は言葉の次元の問題なので、
    倫理・宗教・法律などの議論にするのは筋違いに思いますが…。
    ともかく「なぜ人を殺してはいけないか」とは一見難問に聞こえますが、
    言葉を厳密に定義するだけで簡単にくつがえせるんですね。感心しました。
    • 2005.08.19 Friday 16:55
    人を殺しちゃいけない理由なんて簡単だよ。
    自分が殺されたくないから。
    わたしが殺さない変わりに、
    貴様らもわたしを殺すなってことだよ
    • 2005.08.19 Friday 21:15
    トラックバックありがとうございました。

    >これは、「われわれは、なぜ人を殺してはいけないか」という疑問である。

    >「殺してもよい」と設定すると、人は殺しあっていなくなる。

    「われわれは、人を殺してもよい」と設定しても

    1.殺すことが容認されているのと
    2.殺せすことが実効力を伴って可能なのと、
    3.実際に殺すのと

    ずいぶん話が違ってくると思いますよ。殺してもよくても、「お互い殺さない方が有利」なら、われわれは生き残り続ける道が十分ありえると思うのです。
    • satosu
    • 2005.08.20 Saturday 01:48
    毒電波男さんの
    >「***してはいけない」ってのが倫理や法律と無関係なわけが
    あるか!

    との言葉、その通りだと思います。
    「なんで***しちゃいけないの?」って人が聞くのは、倫理や法律、宗教的な根拠を知りたいからじゃないでしょうか?

    そうじゃなければ「君だって、気付いていなくても、周りの人に許され、生かされて生きてきたんだよ。」ということを相手に合わせて伝えるしかない。これが「情に訴えている」という人は、この意味が理解できていないだけだと思う。

    理屈はいくらでもこじつけて反論できるから、理屈を基準にしたらキリがないし、あんまり意味もない。頭で納得しても、心に落ちていなかったら何も変わらないと思う。

    失礼しましたっ!
    • nom
    • 2005.08.20 Saturday 05:39
    毒電波男さんの
    >「***してはいけない」ってのが倫理や法律と無関係なわけが
    あるか!

    との言葉、その通りだと思います。
    「なんで***しちゃいけないの?」って人が聞くのは、倫理や法律、宗教的な根拠を知りたいからじゃないでしょうか?

    そうじゃなければ「君だって、気付いていなくても、周りの人に許され、生かされて生きてきたんだよ。」ということを相手に合わせて伝えるしかない。これが「情に訴えている」という人は、この意味が理解できていないだけだと思う。

    理屈はいくらでもこじつけて反論できるから、理屈を基準にしたらキリがないし、あんまり意味もない。頭で納得しても、心に落ちていなかったら何も変わらないと思う。

    失礼しましたっ!
    • nom
    • 2005.08.20 Saturday 05:53
    質問者は自分が出した命題が
    倫理・宗教・法律などから来るものだと認識してますよ。
    リンク先のコメントを見れば分かります。
    知りたいのは「その先」らしいんですよ。
    そうは言ってもやはり質問者はこの質問には明確な答えがないと納得したかったんじゃないかな。
    ナナシ島さんの考えに賛成です。

    • 名無し
    • 2005.08.20 Saturday 10:14
    質問者自身の「いけないこと」の事象が
    空集合になっているようなので答えは出ないと思います。
    • 2005.08.20 Saturday 15:00
    ”倫理・宗教・法律を持ち出さず、かつ情に訴える以外の方法で、「なぜ人を殺してはいけないか」を説明”したいのであれば、経済的に考えればいい。

    個々の人間は社会において財・サービスの生産に寄与している。であるから、殺人を肯定することは、社会的生産能力の低下を容認することにつながる。
    並びに、殺人が容認される世界では、各人が「他者を殺すために努力」「他者に殺されないために努力」することが必須となる。故に、各人が本来であれば有意義な生産活動に投入できるはずのコストの一部ないし全部を、武装やら訓練やらにつぎこまなくてはならなくなる。これもまた、社会的生産能力の低下を招く(軍縮条約というものは、軍事予算が国家財政を逼迫させる問題を回避するために発案された)。

    上記の問題は、現実に、例えば、アフリカ世界における貧困として生起している。
    • 2005.08.20 Saturday 15:05
    ”倫理・宗教・法律を持ち出さず、かつ情に訴える以外の方法で、「なぜ人を殺してはいけないか」を説明”したいのであれば、経済的に考えればいい。

    個々の人間は社会において財・サービスの生産に寄与している。であるから、殺人を肯定することは、社会的生産能力の低下を容認することにつながる。
    並びに、殺人が容認される世界では、各人が「他者を殺すために努力」「他者に殺されないために努力」することが必須となる。故に、各人が本来であれば有意義な生産活動に投入できるはずのコストの一部ないし全部を、武装やら訓練やらにつぎこまなくてはならなくなる。これもまた、社会的生産能力の低下を招く(軍縮条約というものは、軍事予算が国家財政を逼迫させる問題を回避するために発案された)。

    上記の問題は、現実に、例えば、アフリカ世界における貧困として生起している。
    • 2005.08.20 Saturday 15:07
    経済的に考えるというのは、儲かる儲からないがあるので
    ケースバイケースになるんじゃないかなと思う。

    それに自給自足してる人がいたとすれば経済的には
    周りの人は別に生きてなくてもいい人になりますしね。
    多分質問者はそういう人も納得させるような答えが欲しかったんだと。

    僕もメリットデメリットで考えようとしたんですけどケースバイケースになるんで無理でした。
    • 名無し
    • 2005.08.20 Saturday 16:54
    人間が倫理・宗教・法律、さらに「電波」も加えておきましょうか。以上が理由で無く、かつ感情以外が動機の「人を殺したい動機」
    で人を殺すとは思えないのですが。

    まず、具体例として
    倫理・宗教・法律、さらに「電波」も加えておきましょうか。以上が理由で無く、かつ感情以外が動機の「人を殺したい動機」
    を誰かに出してもらって、その動機を倫理も宗教も法律も感情論も使わずに論破出来れば
    それは倫理も宗教も法律も感情論も使わずに人を殺してはいけない事を説明した事になりますし、

    逆に動機が出せなかったらそもそも質問自体、意味が無いのでは?
    質問の内容が抽象的すぎるからどんな捉え方も出来てややこしくなると思うのですが。
    • noname
    • 2005.08.21 Sunday 21:49
    ちょっとした問題です。
    「なぜ人の物を奪ってはいけないのですか」

    これなら簡単、
    所有物はなにかしらの金がかかってる訳で
    奪うと「相手が損するから」

    つまり人を殺すということは、人の「時間」を
    奪うことになるわけです。
    無論、「時間」も金がかかってる訳で。
    しかもこの「他人の時間」ばかりは、
    やっかいなことに他人に還す事が
    できないからです。

    ただし自分の体は自分の所有物なので
    「自分という人」は殺してもかまわないでしょうね。

    あと自己防衛のときもやむを得ないでしょう。
    相手が「時間」を奪おうとしてきた、など
    食べ物がなかった、など
    自分の時間を作り出す媒体が危機に晒された時は、
    例外で許可すべきでしょう。

    法律で「緊急避難」など認められている訳ですし。
    • ふーん
    • 2005.08.22 Monday 01:59
    ↑ふーんさん
    それは元記事の質問者から言わせるとたぶん倫理になるなじゃないでしょうか。
    「相手が損する事」をなぜしてはいけないの?っていう質問だと思います。
    • iop
    • 2005.08.23 Tuesday 15:03
    面白い記事ですね。
    個人的には毒電波男氏の意見はなかなか説得力がありました。

    ふと思ったのは、「われわれ」とは、いったい誰なのか、という話です。
    「われわれ」=「ホモサピエンス」というのは思い込みですね。

    ホモサピエンスでない異性人は殺しても良いのか。
    つまり、「人とは何か」という定義に関わってくると思います。

    知能があり、自我を持っていれば「人」なのか。

    しかし、3歳児並の知能を持つチンパンジーは「人」ではない。
    また、知能を持っていても、ソラリスの海は「人」ではない。

    どこまで「人」と呼べるのか。

    結局、コモンセンスとして、現在「人」としての定義は、「地球人」であるということだと思います。

    米光氏の意見は、分かりやすく言うと、「われわれは、(人類みな兄弟という意味での)同胞なので殺しては(または、殺し合っては)いけない」ということだと思います。(違っていたらすみません)

    すなわち、「同胞」ではなく、「われわれの(=人類の、わが国の、我が民族の)敵」と認識すれば、「あいつら、人間じゃない」ということになり、殺してもいい(というか、殺すべきだ)という認識になります。

    というわけで自称アジア諸国の反日活動が今日も盛況なわけですね。
    • ビンセント
    • 2005.08.23 Tuesday 21:51
    「なぜ人を殺してはいけないか」。
    仮に、人は人を殺してもいいのかもしれません。

    色々試行錯誤した結果、
    人を殺したときのメリット<人を殺したときのデメリット
    と、何千年以上の人の歴史の集大成として、「やっぱり人は殺さないほうが(殺すより)いい」と、経験則的なデータが出て来たんじゃないかなーと思うんです。

    フグを食べると毒が多くて死んじゃうよね〜というのが経験則から導かれる結果であるように。(ちょっとズレたかな?)

    結果、本当は「殺さないほうがいい」が真理に近い部分なんだと思います。

    だけど、人は3人集まると社会を形成する生き物で、かつ、人間が2桁を越える頃になると、暗黙の了解では社会が成り立たなくなり、さらに、法を作らないとうまく稼動しなく部分があるため「人を殺してはいけません」と、昔の人が法制化した経緯があるから「人を殺してはいけない」んだと思います。

    殺した人に対して死刑があるのは「人を殺してはいけない」が絶対真理ではないからかと言う風に思いもします。(だから、ホントは「殺さない方がいい」が真理かと・・・。)
    • Miki
    • 2005.08.27 Saturday 00:13
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    • いおk0おpl;@
    • 2006.01.23 Monday 11:48
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    • t78yt2う4う3y5wg4hfr3
    • 2006.01.23 Monday 11:50
    動物にも、仲間同士の争い、つまり「殺人」は存在する。彼らの殺し合いは多くの場合、メスを獲得するための、オス同志の闘争である。強いオスだけが、より多くのメスをぶんどり、子孫を増やすことができるのだ。
    この「闘い」をあえて考察するなら、「利害」によるものであろう。経済的な理由でも、感情的な理由でもなく、もちろん倫理であるはずはない。

    原始の時代、人もまた「生き抜くために」殺し合いをしたであろう。獲物をめぐる争い、なわばりの争い、恋愛のもつれなど、殺らなければ殺られる時代だった。それは紛れもなく、「利害」のあるなしによって決定されたと推察される。

    話は飛躍するが、人間と動物の大きな違いのひとつに、記憶できる情報の量がある。人間は動物に比べ、桁違いの情報を記憶し、必要な時に取り出して利用することができる。さらにそれでも足りず、言葉や文字を発明し、過去から現在に至るまでの、他人の頭脳に記憶された情報をも活用できる社会を作り上げてきた。

    「なぜ人を殺してはいけないか」とは、この膨大な情報を手にした人類が、5千年の歴史の中で考え抜いたルールのひとつではなかろうか。過去には仲間同士の殺戮が「必要」だった時代が、確かに存在した。が、道具を手にし、農耕を発明した人類は、生きるための最大の障壁である飢餓を克服した。「食」の心配がなくなった時、人類は初めて集団生活のルールを作り、宗教を生み、交易を行い、次第に文明社会を築いてゆく。その中のひとつに、「殺人は犯罪」というルールも生まれてきたのだと考えられる。
    「殺人はケースバイケース」は、卓見である。だが、なぜそうなっているのかとなると、5千年の歴史を学ばねばならないであろう。ひと言で説明できるものではないのである。

    抜群の記憶力を持つ人類は、殺された人のことも、殺した人のことも、生涯忘れない。また、記録に残すこともできる。しかしそれは、倫理や法や宗教を越えて、不愉快な記憶なのではなかろうか。



    • mousugugojyu
    • 2006.06.25 Sunday 14:48
    「なぜ人を殺してはいけないか?」

    まずこの問題設定字体が話をややこしくしている。

    問題設定するなら、

    「なぜ現代人は、人を殺してはいけないと考える
    ようになったのか?」

    だと思います。

    なぜなら、「人を殺してはいけない」というのは、
    現代日本や、近代国においては常識ですが、歴史的
    地理的に離れた社会では、常識ではないからです。

    その上で、「なぜ現代日本人のほとんどが、人を
    殺してはいけない」と思うようになったのかを
    考えると、

    単純に、めんど臭く、生活上の効率が悪いからです。
    例えば、

    〇人は、まず重労働です。もし警察がいなくても、
     被害者のほとんどは暴れます。相手は命かかって
     ますから、もしかすると反対に自分が殺されるかも
     しれません。よって、よほどの理由(恨みの解消で
     あれ、快楽殺人によって得られる快楽さであれ)
     その重労働に値する代償ない限り、人はそういう
     無駄なことはしたがりません。

    ⊆分が人を殺してもいいと考えられるなら、
     他人がそう考える場合もあり、よっていつも
     他人と接触する際、殺される可能性を考慮
     しなければならないようになります。

     例えば、ちょっとスーパーで買い物するのに、
     パートのオバちゃんに殺される。生鮮食品
     コーナーのオジさんに殺される。帰りの通り
     すがりの小学生に殺される。と考えてたら
     日々の行動が出来ません。

     こんなめんどくさいことに人は頭を使いたく
     ないので、普通の人は「人を殺すこと」を
     普段考えなくなります。

    ´△里茲Δ瞥由から現代人はめったなことでは
    殺人をしません。「してはいけない」から「しない」
    のではなく、「めんどくさい」から「しない」の
    です。

    しかしこれだけでは、裏返せば、生活上殺人した
    方が生活効率が良い場合は、殺人する可能性が出て
    きます。例えば、緊急避難的事態であるとか、悲しい
    けれど、介護老人夫婦の心中事件であるとか。

    しかし、この場合も現代社会の生活水準を維持する
    ために、その遺体を放置するわけにはいかないので、
    誰かがその後始末をしなくてはなりません。

    するとまた、自分の生活効率が多少下がっても、
    隣人の遺体の後始末をする可能性が増加するくらい
    だったら、殺人しない方がマシという結論に達し
    ます。

    というように、「めんどくささ」を排除しようと
    考えたら、自ずと「人を殺してはいけない」という
    考えに辿り着いたのだと思います。

    また、「めんど臭さを如何にして排除するか?」
    という効率主義によって近代化が為されたのです
    から、近代以降の人が、「殺人」を「悪」と考える
    のは当然と言えるのではないでしょうか?

    しかし、そこで「人間は無駄を楽しむ生物だ!」
    という反論が出るかもしれません。しかし、その
    場合も、大いなる無駄を生み出すためには、まず
    生きていなればなりません。

    物心ついた時から、「僕は殺されるかもしれない」
    といつも考えていたら、そればかり気になって、
    いつまで経っても大いなる無駄が出来ません。

    よって、「人は殺してはいけない」と考えるように
    なったのです。











    • harahetta
    • 2008.04.14 Monday 00:02
    どうして、われわれは
    いなくなってはいけないのか?
    それが解れば
    殺してはいけない、も
    納得がいくのですが
    • 暇人
    • 2008.11.02 Sunday 20:54
    なぜ他人を殺してはいけないのか、なぜ他人の物を盗んだり壊してはいけないのか、それはそう決めた人たちが自分の生命や財産、地位などを維持、発展させたいという欲求を満たすためです。
    お互いが欲求を満たすために妥協点を見つけてある程度行動を制限しましょうと言うだけのことですから、死刑や正当防衛など人を殺してもいい「特例」は設けてられていますし、国内で殺人を禁じている国が侵略戦争をしたケースなどいくらでもあります。強盗は駄目でも株の買収で会社を奪う手段は用意されています。
    妥協点であるがゆえに実際には全員が満足出来るわけではなく、自分の欲求を満たすために無視する人たちも出てきます。ですから圧力によって抑止する「法律」や「軍隊」を設けたり、自発的に抑止させる「倫理感・道徳感」を植え付けたりとあの手この手でなんとかしようとしているわけです。
    • とんかち
    • 2010.08.13 Friday 21:45
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    言葉の定義
    http://blog.lv99.com/?eid=247607 にて、質問者は主語を設定しろ。と言うのがあった。 こういったことが起きるのは日本語の欠点でもある。また質問者が質問慣れしていないと言うことも考えられる。 質問自体は下らない物だ。 http://www.hatena.ne.jp/1124114353 倫理
    • foursueの随筆日記
    • 2005/08/20 12:42 AM
    トラックバックもらったので
    http://blog.lv99.com/?eid=247607からトラックバックをもらった。内容は人を殺していけないのアレである。(http://www.hatena.ne.jp/1124114353ね)。 もらったのでコメントしとこうと思う。 「なぜ人を殺してはいけないか」の主語が何であるか?をまず確認する。
    • Psychic Thomasその後
    • 2005/08/20 1:39 AM
    なぜ人を殺してはいけないのか
    はてなで面白い質問がありました。一度は考えたことがある質問ですが倫理、宗教、法律...
    • sinboo.net
    • 2005/08/22 11:03 AM
    「なぜ人を殺してはいけないか」
    米光一成さんのblog「こどものもうそう」の中に、「なぜ人を殺してはいけないか」 主語が何か、はっきりさせてから考える大切さのエントリーを見て、「ああ、そういうば以前、kataさんのエントリーにも同様の記事人を殺しちゃいけない理由を見かけたなー・・・」と思い
    • 美味しい場所美味しい物・よい買い物よい人たち
    • 2005/08/27 12:51 AM
    なぜ自殺してはいけないのか。
    とある検索をしていてたまたま見つけた質問。 「なぜ自殺してはいけないのか」を、「
    • パソコントラブル出張修理・サポート日記
    • 2005/10/17 12:01 AM
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