2005.05.19 Thursday
妄想科學日報の
「ゲームの本質の話」の「ゲームの定義」がおもしろいので考えてみる。

1.ルール(制限)があり、
2.達成すべき目的があり、
3.達成を阻む障害があり、
4.プレイヤーが目的達成のために意志決定できるもの
がゲームの本質である
という意見に、はいはいはいと挙手連発するぐらいに賛成なので、
上記4項目が「ゲームの本質」であるとして、
以下話を進めてしまう。

上記4項目が「ゲームの本質」で、「ゲーム好き」が「ゲームの本質」こそが好きなら、今のゲームのポピュラリティは存在しなかった。
問題がごちゃごちゃになってるのは、本質以外のところが、ものすごく発展してしまった、からだ。
上記で定義されるゲームの本質がゲームであり、そういったゲームこそが好きだという人は、ボードゲームもやっているだろう。でも、日本のボードゲーム人口は、家庭用ゲーム機で遊んでいる人ほど多くない(正確な数は知らない。だれか教えて)。
上記で定義されるゲームの本質がゲームであり、そういったゲームこそが好きだという人は、ゼビウス以前のゲームを愛好し、それ以降のゲームのほとんどは夾雑物が多すぎると考えるだろう。
ゼビウス以後のゲームは、「ゲームの本質」に、ストーリーや絵の美しさや、コンピュータでこんなことができるのかという驚きや、さまざまなものがプラスして、おもしろさを作り上げてきた。
いまの「ゲーム」のポピュラリティは、「ゲームの本質+α」の+αの貢献が大きいはずだ。

いま、「ゲームが好き」という「ゲーム」の中には、ファイナルファンタジーや、バイオハザードや、スーパーマリオ64や、そういったゲームがふくまれることが多い。
これらのゲームを好きという時に、「ゲームの本質」だけを好きと言っている人は少ない。「+α」の部分をふくめて好きと言っている人がほとんどだろう。
いま、「ゲーム」とよばれているものは、「ゲームの本質+α」の+αが肥大化したものなのだ。
妄想科學日報さんは
次のように書いている。
しかしゲームの面白さの本質はグラフィックではなく、壮大なシナリオでもない。いつか業界がそれを思い出してくれると良いのだが。

無理だろう。いや、思い出すのは簡単だが、思い出してそういう方向に進めば、商業的には成功しない。
いま現在のゲームのポピュラリティは、「ゲームの本質」をベースにして、ありとあらゆるものを取り込んできたことにあるのだから。
「ゲームの本質」が好きな人にとっては、いまのゲームマシンの方向性には忸怩たるものがあるだろうが、もともと本質だといっていた「ゲーム」そのものは、もっとマイナーな趣味だったのだから。いまあるゲームマシンは、ゲームじゃなくて、「インタラクティブメディア」であり、「ゲーム(の本質)」とは、すでにかけはなれたものだと考えればいいのではないか。

「ゲームの本質」と、「ゲームの本質+α(しかもαが大きい)」を同じように「ゲーム」と呼び、同じものとして話をするから、混乱してきちゃう(ゲーム機にこんなハイスペックいらない!とか)んじゃないかなー。
ここからは蛇足。
だがしかし、もはや「ゲーム」とは「ゲームの本質+α」が「ゲーム」だと認識されているので、「ゲームの本質」が好きな者は、「ゲーム好き」と言わずに「ルール好き」と言ったほうが、すっきりするのじゃないか、と、ルール好きかつゲーム好きの私は思う。
コメント
本質の4か条にひとつ以下の文を加えてもらえませんか「キャラクターがいて」
| さく | 2005/05/20 8:38 AM |
私は、+αが肥大化するのは非常に歓迎します。
むしろ、+αが肥大化してくれなくては個性が無くなります。
私は、+αが似ているのが多くて、
しかも商業的に成功していることに、危機感を感じています。
似ている+αとしては、すごいグラフィックや、
予定調和のストーリーや、キャラクターなどでしょうか。
似ている+αのゲームを買うのはいいのですが、
それ以外にも面白いゲームがあるのになぁ、
その面白いのをプレイしないなんて損してない?
と思います。
しかし、私の危機感とは関係なく、現在のところは、
似ている+α以外にも、
個性のある面白そうなゲームも出て来るのが
不思議です。
| ナナシ島 | 2005/05/20 9:55 AM |
面白いゲーム昔より見つけにくくなりましたね。
| オズマ | 2005/05/20 10:55 AM |
確かに見つけにくくなってるかも。
でも、見つからない時はゲーム以外のことをしてます。
そしたら、面白いものに出会えたりします。
そして、またゲームに戻ったら、
面白いゲームが出てたりします。
| ナナシ島 | 2005/05/20 12:01 PM |
どんなに雑誌でチェックしてたとしても、面白いゲームにめぐり合えない、なんと言うか…悲惨だ。
確かに世の中には面白いゲームは山ほどあるんだろうが、ここ最近私はハズレを引いてばかりです
何というか、『本質』を思い出してほしい限りですが(苦笑
つっても、そうなったらやっぱり商業的には成功しないですよねぇ、上で書かれているように…。
|
MIB | 2005/05/20 12:23 PM |
ネット上には、無料でプレイできるネットゲームもあり、
一緒にプレイする仲間を作ってチャットしたり、
レベルを上げたり、そこそこ遊べる。
正直+αに独創性が無いゲームにお金を払う気がしない。
ゲーム業界の救世主は、パソコンの無料ゲームだと思う。
| かえで | 2005/05/20 2:58 PM |
上記4つの項目に、もう1項目。
・適切な情報がプレイヤーに与えられる
人間の知覚と同様に、原因〜認識〜行動〜結果のプロセスを取るわけで、認識のプロセスはかなり重要です。ルール、目的、障害に関する情報が皆無だった場合、あまりの理不尽さにプレイヤーが付いていけないでしょう。情報を隠すことによって得られる効果もあるわけですが、当然、最低限の情報が与えられているからこそゲームとして成り立つわけです。
ここで挙げる「適切な」情報とは、1~4のためのものであり、一見無関係な+αでも、それらと関連性を見出せるものは、ゲームとして良い情報と言えます。グラフィックやキャラクター、ストーリー、音楽等の美しさ、奇抜さそのものはそれぞれの芸術としての価値であり、どれだけゲーム性のある情報を含ませているかが、ゲームとしての価値に関わってくると思います。ゲーム性を総合芸術の一要素と捉えるならば、また違った議論になると思います。
さくさんへ
>「キャラクターがいて」
コスティキャンのゲーム論(http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/design_j.html)では「トークン」と呼ばれ、プレイヤーの行動を実行できる存在が必要とされています。これは○×選択、ビリヤードの玉のように、キャラクター性を伴っていなくても十分な場合があります。重要ではありますが、項目4で十分だと思います。
| やじ | 2005/05/20 5:38 PM |
上記4つの項目に、もう1項目。
・適切な情報がプレイヤーに与えられる
人間の知覚と同様に、原因〜認識〜行動〜結果のプロセスを取るわけで、認識のプロセスはかなり重要です。ルール、目的、障害に関する情報が皆無だった場合、あまりの理不尽さにプレイヤーが付いていけないでしょう。情報を隠すことによって得られる効果もあるわけですが、当然、最低限の情報が与えられているからこそゲームとして成り立つわけです。
ここで挙げる「適切な」情報とは、1~4のためのものであり、一見無関係な+αでも、それらと関連性を見出せるものは、ゲームとして良い情報と言えます。グラフィックやキャラクター、ストーリー、音楽等の美しさ、奇抜さそのものはそれぞれの芸術としての価値であり、どれだけゲーム性のある情報を含ませているかが、ゲームとしての価値に関わってくると思います。ゲーム性を総合芸術の一要素と捉えるならば、また違った議論になると思います。
さくさんへ
>「キャラクターがいて」
コスティキャンのゲーム論(http://www004.upp.so-net.ne.jp/babahide/library/design_j.html)では「トークン」と呼ばれ、プレイヤーの行動を実行できる存在が必要とされています。これは○×選択、ビリヤードの玉のように、キャラクター性を伴っていなくても十分な場合があります。重要ではありますが、項目4で十分だと思います。
| やじ | 2005/05/20 7:05 PM |
はじめまして。
某ニュースサイトでこの記事を知った者です。
> もともと本質だといっていた「ゲーム」そのものは、もっとマイナーな趣味だったのだから。
ここがいままでになかった(あるいは無視されてきた)指摘だったので面白く感じました。
> 上記で定義されるゲームの本質がゲームであり、そういったゲームこそが好きだという人は、
> ボードゲームもやっているだろう。でも、日本のボードゲーム人口は、家庭用ゲーム機で
> 遊んでいる人ほど多くない
この部分はちょっと違和感というか、一概に言えないような気がしましたが。
(いくつかあげると、「ビデオゲームのほうがボードゲームよりも「便利」なので、ビデオゲームにゲーム人口が移行した説はどうなるのか」とか、「人生ゲームやすごろくはボードゲームに入るのか」とか、「ボードゲームだけという比較はそもそもおかしいのでは?トランプやマージャンは?」とか)
まあ、揚げ足取りはともかく、
「ゲームの本質にこだわるゲーマー(と呼ばれているような人種)がビデオゲーム出現以前にどれくらいいたのか?」
という話を考えると、それほどいないだろうな、という話になりますが。
ただ思うのは、「ビデオゲームの麻薬性」の魅力が薄まっている、あるいは、効きにくくなっている現実の中で、原点回帰もまあ、ひとつの方法論なのだとは思いましたが。
| ハリマハリオ | 2005/05/20 8:32 PM |
わぁー、みんなコメントありがとう。
みんな、ゲーム好きなんだよね(涙)!
おれも、おれも(ぴょんぴょん飛び跳ねながら)!
>私は、+αが似ているのが多くて、
に同意です。
「+α」がダメなんじゃなくて、「+α」が似てたり、「+α」がゲーム性を阻害してるのにゲーム性を出そうとする矛盾をおしすすめてたり、そういう「+α」のあり方が、ダメなだけだと思います。
で、そんなゲームがたくさん出るから、
>面白いゲーム昔より見つけにくくなりましたね。
になってるんじゃないか、と!
>ゲーム業界の救世主は、パソコンの無料ゲームだと思う。
も同意なんだけど、制作者に利益が出る仕組みが作られると、もっと発展すると思うのです。
あと、ネット上のゲームが快適に遊べる携帯マシン!
>ただ思うのは、「ビデオゲームの麻薬性」の魅力が薄まっている、あるいは、効きにくくなっている現実の中で、原点回帰もまあ、ひとつの方法論なのだとは思いましたが。
ってのは、実は「コンピュータゲームそのものの発展」が絡んでるんじゃないかと思ってます。コンピュータにはじめて触れた興奮や、それが凄いスピードで発展し、次々と新しい技術革新が起こる「ゲーム全体の歴史」に対する興奮がすり減ってしまった現状では、原点回帰しても、あの当時の興奮は味わえないのではないかなと想像するのです。原点回帰だけじゃなくて、また別の何かが必要なのではないか。
>・適切な情報がプレイヤーに与えられる
という項については、長くなりそうなので、また改めて。
| よねみつ | 2005/05/20 11:50 PM |
商業的な成功というのが既に本質じゃ無い
| i | 2005/05/22 1:11 AM |
iさん、コメントありがとう。
そのとおり。商業的な成功は本質じゃないです。既にそう書いてるから、同意見ですね。
| よねみつ | 2005/05/22 2:15 AM |
この文章は今読み直してもすごいな。
ゲームを、
ルールと、+αにわけて、考えるとすごくすっきりします。
レボリューションは、+αが肥大化する前の
昔のゲームもダウンロードできるから
ルールが好きな人には受けそうですね。
| ナナシ島 | 2005/05/22 8:58 PM |
はじめまして。
最近は確かに昔ほどいいゲームに当たらなくなったように思います。
でも、このゲームの本質って面白いですね。
単純明快な用でふむふむって感じ。
それにしてもネットでも普通に無料の海外のゲームまで
出来るって不思議な気分です。
何気に英語も勉強できちゃう。
|
ゲーマーウリ | 2005/05/27 8:21 PM |
私はファミコン創世期からずっとゲーム好きだが、
面白いゲームが少なくなったとは全く思わない。
>しかしゲームの面白さの本質はグラフィックではなく、壮大なシナリオでもない。
いつか業界がそれを思い出してくれると良いのだが。
これはまことに正しい。
しかし、ゲームなのだからゲームとして面白いのは
「あたりまえ」で、その上でグラフィックもストーリーも良いものを目指さないと駄目だと思う。
ゲームとして面白ければ
グラフィックその他は適当でも良い、というのは
単なる手抜きであろう。
>ゲームの面白さの本質はグラフィックではなく、壮大なシナリオでもない。
このような事を口にする人間ほど
ゲームの本質が見えていないと感じる。
+αの部分に目をくらまされて
ゲームの本質が見えなくなっているのは
あなたがたの方ではないだろうか。
| 第3の目 | 2007/01/08 1:30 AM |
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