<< 表現道場マガジン3号 | main | 0311text無料公開(06〜) >>
2011.08.18 Thursday

0311text(電書版・テキスト版)無料公開

0
    0311text
    毎月11日の出来事を(自分を観察する)観察日記のように書く試みです。
    2011年3月11日をスタートとして1年間続けていきます。
    プロジェクト概要を米光一成がskypeとfacebookで発表し、賛同者がメールで送ってくれたテキストをまとめたものです。

    ■0311テキスト公開です。
    ここからダウンロードできます(無料です)。
    0311text ePub版:iPhoneやiPad(iBooksなどのビュワーで読めます)
    0311text PDF版

    0311textの複製、配布、引用は自由です。
    記名テキストなので改変は不可とします。
    出所として以下のURLを読者が参照できるように明示してください。
    こどものもうそうblog:0311text
    http://blog.lv99.com/?eid=1081543

    2011年3月11日、37人のリポートです。→39人に増えた。
    *前書いてた人数は数え間違いだった(ごめん)。

    ■0411テキスト公開です。
    ここからダウンロードできます(無料です)。
    0411text ePub版
    0411text PDF版
    PConline「iPadで読む今週のお勧めコンテンツ第17回」で「0311text」が紹介されています。ていねいな分析の記事です。
    4月22日に0411テキスト追加バージョン更新。

    ■0511テキスト公開です。
    ここからダウンロードできます(無料です)。
    0511text ePub版
    0511text PDF版

    ■06月07月08月は、0311text無料公開(06〜)で。
    ■09月〜のテキストは、0311text(電書版・テキスト版)無料公開(09〜)で。
    ■01月〜のテキストは、0311text(電書版・テキスト版)無料公開(01〜)で。

    ↓以下、テキスト版。
    0311text

    2011年3月11日:米光一成:東京豊島区:男46歳:自宅。揺れが激しいのでドアを開けた。揺れがおさまらない。「外へ出よう」慌ててないつもりだったが、iPhoneを置いてきたし、上着も羽織ってなかった。寒い。揺れがおさまり部屋にもどる。爪切りが落ちてPCの上に爪が散乱。本が崩れてた。目薬が見つからない。また揺れる。近所の避難場所に(行ってみるか)行ってみる。人がたくさんいる。運動場、300人以上はいた。2011年3月11日:小熊直人:東京文京区:男33歳:外苑の撮影スタジオ。料理写真を撮影中に大きな揺れ。小皿に入れていたゴマだれが勢いよく飛び散り、撮影用の皿・コップの割れる音がスタジオ内に響く。慌てて外に出たものの近くに広いスペースがなく、目の前で揺れる電信柱と電線の存在に恐怖を憶える。ワンセグとTwitterの情報で東北の被害が甚大と知り、実家が福島県(郡山市)のため心配になるが当然のように電話は繋がらない。一方で妻からは「無事」とのメールが届き安堵。帰宅難民と一向に進まない渋滞を横目に自転車で帰宅。それでも普段30分の距離に1時間かかる。結局、この日実家とは連絡が取れなかった。2011年3月11日:梅田 徹:横浜市:男41歳:雑居ビルの3階。耳鼻科の待合室。午後の診察開始(15時から)を待っていた。自分のほかに数名。揺れ始めからゆったりした大きな揺れ。しかも長い。そして停電。ブザー。診察室から悲鳴。全員慌てて階段を駆け下りる。ふと、911が頭をよぎる。出ると、見たことのない光景。通りにたくさんの人。信号も消えていた。携帯がつながらず、自宅にいるはずの妻にツィート。とにかく家へ。返事を待たず、足取りを早める。2011年3月11日:深川岳志:東京杉並区:男50歳:自宅。パソコンの前にいたら激しい揺れ。ぐらぐら来たので、息子と妻に声をかけて、自宅の外に出た。散髪屋の主人が歩道から空を見上げていたので、「揺れますねえ。あ、今度は横ゆれだ」と雑談。だんだん人が増えてくる。揺れが一段落ついてから自宅に戻ると、息子の部屋で、デスクトップパソコンが、布団に横たわると頭がくる位置に転落していた。ニュースで生まれてはじめて大津波警報を見る。東北地方の太平洋側の海岸線が真っ赤だ。2011年3月11日:長崎友絵:東京新宿区:女31歳:会社にて。「ここはまずい」「阪神」経験者の社長の声で全員外へ。初めて会社の階段を駆け下りた。ビルの看板と窓が落ちてこないか、じっと見上げる。青空が広がる。同僚女性と互いの腕を握り合っていた。最初の揺れがおさまり、荷物や上着をとりに戻る。落下物はほぼなし。ブレーカー落としたり、食器片付けたり。同僚男性が、関係者向けに扉に貼る「地震のため事務所閉めます」の紙を書いていた。その間も余震続く。再び外。橋の下の路上生活者の手元にラジオを発見。初対面だが情報を乞う。「7.5だかなんだか。宮城だ。」ひとまず小学校に避難。狭い校庭で、親への引渡しと集団下校のようすを見ながら、ラジオを聞き続けた。2011年3月11日:高島知子:東京都渋谷区:女32歳:渋谷区の税務署7階で大きな揺れ。落ち着いてから階段で降りると、路上にたくさんの人。どこへも電話がつながらない。仕方なく、徒歩で一駅分往復して用事を済ます。会社を早退する外国人が缶ビール片手に歩いている。バスの列が収まらないので松屋で遅すぎるごはん。しかしバスの列の混雑悪化。諦める。246沿いを1時間、夜のピクニックみたい(のんき)。テレビをつけて唖然。PCでツイッター上に流れる情報を知りさらに唖然。これを機にツイッターを始めた。2011年3月11日:朝比奈綾:静岡県静岡市葵区:女38歳:自宅。マンションの地震予知警報機が直前に作動。家具の少ない寝室に移動してベッドにつかまる。横揺れが始まった。家の中で落ちたものや倒れたものは一つもなかった。揺れが止まってから外に出る。道では自転車のおじさんとおばさんが普通に立ち話している。他にひとはいない。近くの小学校から「現在揺れがおさまっています、校舎にいる児童は速やかに校庭へ集合してください」というアナウンスが聞こえる。家に戻る。電話は通じない。16時過ぎ、仕事のために車で出かける。道路はいつもどおり、夕方の軽い渋滞。2011年3月11日:佐藤忍:東京都目黒区:女59歳:区役所大ホールで50人位と田辺鶴瑛の講談を聞いていた。地震が揺れて「もしかして大地震だ」と誰かが言った。「あら地震?」と講談師が不思議そうにした。区役所のニシさんが「机の下に避難して下さい」と言った。皆がペナペナな折畳みの下に入った。オダさんはまだ立っていたので私は手招きした。「今頃うちのジイさん下敷きかも」と講談師が笑った。動画はずっと静止画像のままだった。息子の部屋のSD以外のガンプラが全て床に墜落していた。ガリレオ温度計が割れピアノが白く化学火傷していた。夕方の息子からの電話はオレオレ詐欺ような声だった。「犬もアンタも大丈夫なのね? 夕食は外で食う」と言った。2011年3月11日:松永肇一:東京都世田谷区三軒茶屋:男51歳:会社にいた。揺れと音が一緒にきて、思わず机の下にもぐったら向かいの席のやつと目が合う。51年生きてきて初めて机の下に潜ったよ。最初の揺れが少し収まったので、机の下から這い出した。天井から塗料が落ちている。五階のオフィスから避難することになった。一週間前から原因不明の炎症を起こしていた足をひきずって外に出ると、ビルの前は百人ぐらいの人がいた。ヘルメットかぶっている人、手回しラジオ持ってる人、ワンセグ見てる人。自宅に電話が通じないのでツイッターで情報収集していたら余震がキタ! 二十階建のビルが見た目にはっきり分かるぐらい左右に揺れている。みんなビルから離れた。その日は帰れなかった。2011年3月11日:小嶋智:神奈川県横浜市:男40歳:19階にいた時、大きな横揺れがはじまった。近くの全面ガラスばりのビルの表面が波打ってみえる。揺れがおさまると、仕事にもどる人もいたが、私は集中できない。窓のそばまでいって東京湾にそそぐ河口をみると、水位が下がっている。そして水位があがる。川が逆流しているのが19階からでもはっきりと見える。水際ぎりぎりのパワーショベルが、少し水につかる。翌朝4時に会社を出た。いつもと違う経路でかえる。夜明けの渋谷駅で空の写真をとると、飛んできたカラスがうつりこんだ。2011年3月11日:仔芝健:東京都目黒区:男26歳:会社の屋上。誰もいない。快晴。林試の森公園の木々が遠くに見える。風は冷たいが、強くは無かった。煙草に火をつけた。最後の一本だった。隣に座った後輩が細かい貧乏ゆすりを始める。ベンチがカタカタと音をたてた。一瞬、後輩がムッとした顔で私を見た。直後灰皿が地面に落ちて背後にある室外機から金属版をハンマーで叩きつけるような大きな音がした。反射的に傍にある金網を握り締めた。2011年3月11日:海猫沢めろん:東京都文京区:男35歳:ゲラを直し終わってベッドでうとうとしていたら揺れた。けっこうでかくなってきたので物干しに出た。隣のおじいちゃんの家が壊れそうになっていたが、阪神淡路の震災のときもこのくらいだったような気がするので、まあ、イケるだろうと思った。部屋にもどると本棚が壊れていた(自作なので積み木のようになっている)なおすのが面倒なので寝た。夜、起きてオムライスを食べた。寝た。2011年3月11日:柿崎俊道:東京都新宿区:男35歳:靖国通り沿いの歌舞伎町ルノアールにて地震に遭遇。飲食店が多いところだけに従業員、客がザワザワと通りへと出てくる。走る人はほとんど見られず、おっかなびっくりで出てくる。通りの信号や街路樹がミシミシと揺れ、屋内外のどちらが安全か誰にもわからない。ビルの5階にいるチャラい兄ちゃんが不安そうに窓から顔をのぞかせている。どこからか悲鳴。雑居ビルの看板が落ちたらしい。警官が黄色いテープを貼っている。人々が靖国通りの中央帯に集まる。ピカデリーのガラス窓すら危険に思えてくる。電車は止まっているだろうから、バス停に向かって歩き出す。ただ長蛇の列を見て、渋谷まで歩くことにする。7時間後、世田谷区の家に到着。2011年3月11日:中村隆之:東京都国立市:男43歳:会社スタジオ。コーヒーをマグカップ一杯注いで、Skypeでチャット中地震の揺れは、最初はゆっくり、徐々に激しく。会社のガラス扉が大きな音を立てだしたので、隣の部屋のスタッフに「外に出た方がいい」と声かけて、会社前の道路に出る。すでに外には沢山の人。揺れが収まって、コーヒーは溢れて、デスクはびっしょり。しばらく(小一時間)して自宅に電話。電話が繋がらないので、自転車で帰ってみる。妻は友人宅へ車で外出中。小学生の子供二人が留守番してた。次女は半べそ、長男は他の子供と遊んでた。しばらくして、妻帰宅。通学中の長女が西荻窪から帰れなくなっている。電車は動かないようなので、車で長女を迎えに行くことに。国立から、西荻窪まで片道2時間かかる7時に家を出て、11時に帰宅。会社に戻り、今度は中野が自宅のスタッフを送る。茅ヶ崎が自宅のスタッフは、あきらめてもらって会社に宿泊。中野から自宅に戻ったのは、朝の4時。途中、帰宅困難者が徒歩で帰る姿を沢山見ました。2011年3月11日:朝倉かすみ:東京都豊島区:50歳:飲み会に参加し、朝6時ころ帰宅。正午すぎに起床し、仕事するも眠気におそわれ、午後3時まえに昼寝をはじめ、揺れで起こされる。コーヒーをのんだあとTwitterをみて、大地震だったと知る。テレビをつけ、「大地震」を確認し、親、友人に電話やメールで無事を告げる。夜中までテレビをみながらTwitterのTLを追い(ツイート、リプライ数件)、サンシャイン牧場をやってからベッドに入ったが、すぐに起きだし、ごはんを炊き、お風呂に水をため、踏み台をブレーカー(高所にある)の近くに持っていった。2011年3月11日:小長谷久子:東京都世田谷区:女23歳:会社で、先輩にできあがったレイアウトを見せていた。誰かが「あれ、揺れてる?」と言った。またか…と思うも、揺れは一向に収まらない。誰かが机の下に入ると、他の人もそれに続いた。先輩の机の下に入る。妙に冷静だった。ようやく揺れが収まり、自分の机に戻るとiPhoneを手にし、まずtwitterをチェックしてみた。ものすごい勢いでTLが流れる。再び大きな余震。その少し後、テレビで生き物のような津波を見るとただ事ではないことがわかった。2011年3月11日:安田理央:高田馬場:男43歳:用事で中野に行った帰り、仕事場のあるマンションに入ろうとした瞬間、ぐにゃりと揺れた。地震というよりも、悪酔いした時のような不快感。少しして、これは大地震だと気づき、慌てて前の道に出る。あちこちの建物から、人が出てきて道に溜まる。みんな不安というよりも、ニヤニヤと笑っていた。学校に行っている子供の事が気になったので歩いて帰宅。途中でバスに乗れたので助かった。バスも空いていたし道も混んでいなかった。中学生の娘が小学校に息子を迎えにいってくれたらしく、二人とも帰宅していた。妻も新宿の勤務先から自転車を借りて帰ってきた。お風呂は止めて、久々に家族全員で布団を並べて寝た。2011年3月11日:小川未来:東京板橋区:男19歳:自室で珍しくテレビを見ていた。パパイヤ鈴木が、野々村真と釣りにいくところだった。揺れだして、条件反射でツイッターを開く。グワーッと大きいのがきた。TL加速。パパイヤが砂嵐に。部活中の彼女に「大丈夫!?」とすぐにメールを送った。そうしながらも色々な物が崩れて行く。怖々と立って、棚の上のPCを押さえることに決めた。押さえていると母親が声をかけてきて、安心する。ゆれが収まってきて廊下に出た。『美味しんぼ』が、全巻投げ出されている。テレビのコードをつけ直すと、パパイヤはニュースになっていた。まさかテレ東が。釣りの結果が気になって自分の冷静(血)さに驚いた。2011年3月11日:岸田浩和:東京都中央区:男35歳:ビックサイトのシャッターが、吹き流される旗のように大きくたわみはじめる。グシャガガーッ、グワッシャ、「あっ、風とちゃう、揺れてるっ」外に飛び出す。トラックに立て掛けられた巻絨毯が倒れ、悲鳴が聞こえた。津波警報が鳴り「すぐ二階へ」の放送。横にいたOLがヒールを脱ぎ、止ったエスカレーターを裸足で駆け上がる。交通が死んだお台場は孤島と化した。日が暮れると冷たい風が吹き、自販機もコンビニも空になった。ノースリーブに超ミニだったコンパニオン達は、大きなプチプチシートを体に巻きつけ、繭のように寄り添う。ポットのお湯を飲み、千人の展示会難民と夜を越す。2011年3月11日:下司智津惠:神奈川県川崎市:女43歳:自宅で仕事中、息子が帰宅した直後に大きな揺れ。習慣ですぐにテレビでNHKをつける。「2時46分に宮城県沖で地震」の速報を見たが、数秒も経たないうちに、いきなり停電。地震での停電は初めてなので、身の危険を感じて、携帯だけ掴んでマンションの廊下に出た。廊下に出ている人がたくさんいる。揺れが納まってから、下校中のはずの娘を迎えに行く。家の外に出ている人をたくさん見た。学童で娘をピックアップ後、セブンイレブンで30分並んで、夕飯用のお茶とパンを買った。ラジオ、懐中電灯など必要なものを集め、ラジオでNHKの1chをつけっぱなしにして、寝室で家族で過ごした。2011年3月11日:星野和一:東京都千代田区:男31歳:職場である神保町の漫画雑誌編集部。揺れ始めてすぐ震度を知ろうとテレビをつけに行った。たどり着いてスイッチを入れてもまだ揺れていた。揺れ始めて10秒くらいで編集長が机に潜った。テレビが台をスライドし始め、目の前にいた自分は倒れないように両手で支えた。それから数分、何度かの余震のあいだ、何をしていいか分からず、ただテレビを押さえていた。机の周りに積まれた雑誌や漫画が雪崩を起こしていた。編集部にいた数名が各々の雪崩を片付け始める。テレビもまだ東北の津波を報道しておらず、「日本沈没しちゃうんじゃないの?」と誰かが笑った。2011年3月11日:藤山京子:都営浅草線車内(東京田町地下)地下鉄の揺れがやけに激しいと思ったら、急停車した。暗い。漫画「ドラゴンヘッド」を思い出す。富士山噴火?まさかね。でも生き埋めかもなあ。私、知らない人のなかでたった一人か。死ぬかな。死ぬんだろうな。つらいな。「乗客の皆、東京で震度5強の地震がありました」関東大震災?地上はどうなってるのか。周りの乗客がみんなスマートフォンを取り出した。私もついさっきAndroidにしたばかり。マジか。操作分からない。本当、運悪いな。お母さん、無事かな。それだけが、心配。2011年3月11日:渡邊宏美:東京都港区:女性33歳:港区のオフィスビル8階、窓際の席。めまいではなくて地震だった。机の下にもぐった人はおらず、立ち上がっていた。平たい花瓶の水がこぼれて振動がみえた。窓のあたりからギシギシと音を立ててビルはいつまでも揺れる。西側の窓から見えたのは停車中の山手線と京浜東北線。南側の窓からはお台場方面に立ちのぼる黒煙がみえた。普段話さない人と目があって、会話をした。歩いて帰る人、会社に居残る人にわかれる。買出しに出た。8階からB1まで階段をつかった。行きも帰りも4階で途中休憩を挟んだ。2011年3月11日:浦高晃:千葉県船橋市:男34歳:ウォシュレット使用中に地震。ツイッターに「船橋震度3」とつぶやくも、揺れはさらに大きくなり「こんなのけいけんのい」とつぶやく。おしりを拭いてリビングへ、冷蔵庫がガタガタ、金魚の水槽からバシャバシャ水が溢れていた。本棚被害なし。ツッパリ棒エライ! 片付け後、車でバイト先のジムに行く、道中異常なし。ジムは営業中止。停電の中皆で、事務所まで溢れたプールの水をバスタオルを雑巾にして排水。2時間ほど作業。帰ってからはテレビとネット漬け。夜中、徒歩で都内から家の近くまで来た友人の旦那さんを車で三駅先まで送る。道路は大渋滞で往復に四時間。2011年3月11日:田中モトヒロ:東京都港区芝公園:27歳:14:44「もうすぐデータを送ります」と客先からメールが来る。その日もうメールは来なかった。大きな振動が2度来た。6階オフィスの全員が机の下に隠れた。壁の塗装にヒビが入って、天井から粉が降ってきた。机の下でネットを見る。震源は宮城県沖。両親が「12日までちょっと仙台に帰る」と言っていた。同僚のワンセグから、地元の地名と津波の音声が聞こえる。「お前の実家あたりは阪神大震災クラスでも停電だけで済むだろう」10年前の地学教師の言葉を何回も思い返す。電車は不通。15km離れた自宅まで歩こうと、17時過ぎに会社を出た。東京タワーの照明は消えていた。2011年3月11日:飯田和敏:東京都新宿区:男42歳:高層ビルの11階の会議室で新作ゲームの打ち合わせ中、ゆれた。いつまでたっても終わらない。打ち合わせを中止し、開発室へ向かう。パーティションが波打つ。普通に歩くことが出来ない。資料の本が散乱し、ディスプレイが倒れた。とにかく外に出ようと思った。911の映像を思い出していた。初めて下りる非常階段。知っている顔、知らない顔。誰もしゃべらない。出口でビル警備員に安全確認が取れるまでロビー内に留まるよう指示された。僕は無視して最寄の新宿中央公園に向かった。公園には多くの人がいた。ヘルメット姿の一群が目についた。ゆれは続く。高層ビル群がしなり、隣とぶつかるのではないかと思った。誰かのワンセグから津波警報を聞いた。2011年3月11日:タカギタイキチロウ:東京中野区:男35歳:自宅。大きく揺れた。窓をあける。放し飼いをしているインコたちを一羽一羽捕まえて、カゴに入れる。インコを連れて外にでる。余震がおさまったので家にもどる。テレビで津波の映像。福岡に出張に出ている嫁から電話。その日の夕方のツイート《昭和三陸大津波を経験した山下文男さんに取材した時「第一波が去った後、家の貴重品を取りに帰り第二波に飲まれて亡くなった人が多数いた」と仰っていました。「家や街は人が努力すれば立て直せるけど、人の命は戻ってこない」とも。山下さんは明治三陸沖地震津波で親族の殆どを亡くしています。》2011年3月11日:加藤敦太:愛知県愛知郡:男23歳:自宅一階にて、ノートPCで作業中に揺れだす。家が軋む音。20秒くらいで揺れが収まる。物は落ちなかった。そばに猫が一匹もいない。避難は保留する。とりあえずデータを上書き保存。PCを閉じた。携帯と飲みさしのペットボトルを持つ。二階寝室へ向かう。猫、全員発見。外出中の父母にメールを打つ。TVを点ける。震源は宮城県だと分かった。先日のオークション、石巻の人だったなと思い出す。母から返信が来た。2011年3月11日:三浦天紗子:東京都新宿区:女性46歳:自宅のソファで本を読んでいた。ぐらっという衝撃があって、はっとした。関東育ちだから震度3程度の揺れには慣れている。でも直感的に「これは違う」と思った。案の定、徐々に揺れは強くなった。壁に沿って置いてある本棚から、本ばさばさとが落ちてきた。外に出ようとは考えなかった。本棚が倒れないように押さえなきゃ、と思った。押さえきれない位置にあった本棚が倒れた。正面にパソコンがあるのだが、テーブルの縁が本棚を支える格好になって、かろうじてパソコンはセーフ。よかったと思う。キッチンの食器棚からグラスやカップが落ちてきて割れる音がする。いつまで続くんだろう、この揺れはいつ終わってくれるんだろうとそればかり考えていた。2011年3月11日:近藤英明:埼玉県さいたま市:男45歳:新宿付近オフィスビル。揺れた。とりあえず二度ほど机の下にもぐるが、倒れてくる機器、書籍類などはない模様。「東北大地震で、津波があった」というが、あまりピンとこない。「首都圏の電車は全てストップ。今日中の運行は無理」という情報の方が重大に感じる。徒歩帰宅を決め、19時頃退出。街はごったがえしてはいるが、人々は整然と歩いている。道の節々の交番で、帰路を教えてもらう。交番を尋ねる人多数。3時半頃、自宅着。鉄筋マンションのためか、自宅内は乱れていない。疲労で頭が回らず、すぐに寝る。翌日、点けたテレビで被害の甚大さを知り、愕然としパニックに陥った。2011年3月11日:高須正和:東京豊島区:男36歳:会社 ブログの原稿用撮影をしている最中に地震。以後、google docsやtwitterなどを使って社内の地震情報を収集整理。社内にいる人の安否をgoogle docsの一覧表に書き込む。社内jabberチャットで、状況報告(ここのUstで地震情報やってるよ 等)。・社外に向かって、twitterで「社内にいる人は安全です」tweet (何人かの内定者から、「安心しました」の連絡が来た)・社内外にいる人の名簿をgoogle docsで作って、外出中のメンバーの情報共有。誰か、連絡が繋がったら名簿を更新・自宅ネット家電にリモートログインして無事を確認・会社でレンタカーなどが手配され、みんな帰りだしたのを確認・五反田で飲んでる知人と合流して朝まで飲んでいた2011年3月11日:千野帽子:京都市中京区→岐阜県養老郡→長野県飯田市:45歳男:15時ごろ、タクシー運転手に地震のことを教えられる。ハンドル横のTVは岩手からの中継。《文藝》が14:48に送信したゲラのD-faxをiPadで開くと5枚中1枚しか届いてない。細君から電話、予定どおり行ってみると返答。名神高速でバス乗車。養老SAは予想外に平静。山の端に丸い大きな月がかかる。真っ暗な上飯田停留所からタクシーでルートイン飯田へ。福島の知人に電話すると違う人が出た。番号変えたの知らなかった。この日は海猫沢めろん『愛についての感じ』角田光代『ツリーハウス』読了。未明に揺れを感じて2回、目が覚めた。2011年3月11日:島影真奈美:東京新宿区:女37歳:自宅兼事務所。PC机の前にいるときに大きな揺れ。玄関のドアを開けに行く。近所の人たちも次々外に出てくる。部屋に戻ると床が書類とファイル、レモンウォーターでぐしゃぐしゃ。スニーカーをはいたまま、防災リュックの探索と部屋の片付け。何度も揺れる。斜めがけできるバックに携帯電話とiPhone、充電器などを放り込む。頭には毛糸の帽子。仙台の実家に電話をかけてみるがつながらない。避難に備えて、コンビニで食料購入。白飯とのりたま、魚肉ソーセージ、お茶。緊急伝言ダイヤルにかけるが「被災地の電話番号でないため、かかりません」。23時過ぎ、叔父から母のメールが転送されてきて、無事らしきことを確認。両親と義妹たちに携帯メールを送る。返信なし。2011年3月11日:katsumaki:東京都港区:女25歳:自宅。はじめは普通の地震かと思ったが、ゆれがどんどん強くなる。室内で一番大きい家具を押さえる。液晶テレビが倒れそうなほど前後に大きく揺れている。キッチンの引き出しが開き、玄関のシューズボックスは倒れて靴が散乱した。机の上のミルクティーがこぼれてキーボードとタブレットがミルクティーまみれになった。長い揺れの中「次に何をどうすればいいのだろう?」と考えたのだが”地震が発生したらまず、机の下に隠れる”ということぐらいしか知らなかったので次にするべき行動がわからなかった。地震がおさまりテレビをつけたら信じられないほどの大災害が起きていた。もしかしたらこれは現実じゃなくて映画なんじゃないか??と思った。2011年3月11日:山田新:東京都杉並区:男性41歳:文京区の会社、高層ビルの8階。揺れは大きいが、大きなビルの中にいたためか危機感は無かった。TVがある隣の部署から聞こえる声に只事ならぬものを感じTVを見る。火災の映像。追って津波の映像。あまりに現実離れした映像に、これは映画ではないということを自分にいいきかせていないと、現実の出来事だという認識がもてない。仕事どころではないが、管理系の仕事なので会社としての対応をすぐ決める必要があり会議。早い時間での退社を認めること、会社に泊まる社員のための宿泊スペースを準備することを決める。そして帰宅。護国寺から高円寺まで夜の行進。2011年3月11日:木村裕之:東京都港区:男30歳:職場の会議室で会議中に地震。ゆっくりだがけっこう長くゆれる。しだいに揺れの大きさも大きくなる。一人が「出たほうがいいですよ!」と言い飛び出した。関東は地震が多いから、と半笑いで部屋を出ると階段には既に多くの人がいた。ビルの外の国道にはもっと多くの人があふれ、ビルが目視で分かるほど揺れていたためか中央分離帯まで人がいた。車は停止していた。安堵からかイベントを楽しむような雰囲気となった。iPhoneでゆれるビルを撮影した。しかし職場に戻るとテレビの前に人だかりが。恐ろしい映像が流れていた。2011年3月11日:唐木厚:東京都文京区:男46歳:会社、21階のフロア。仕事先と電話中に揺れを感じる。すぐに収まるかと思い、そのまましゃべり続けていたが揺れが止まらない。さすがに電話を中断し、机の下に潜り込む。不思議と恐怖感はなかった。ちょっと収まったかと思い、机の下から這い出たが、またすぐに揺れ始める。今まで経験したことのない長時間の揺れ。内臓が揺さぶられている感じで、船酔いのような気分だった。9階にある自分の席に戻ろうとしたが、エレベーターが止まっていた。仕方なく階段で降りる。テレビの前に人だかりが。恐ろしい映像が流れていた。2011年3月11日:小林央:東京都千代田区:女30歳:神田にある職場。古いビルの7階には従業員が5人。1度目の大きな揺れ。様子を見ている。2度目の大きな揺れ。総務の女性が悲鳴を上げる。揺れが激しくなる。窓から離れ、床にしゃがみ込む。天井まである棚が、次々机に向かって倒れる。電話やPC、書類が床に落ちる。棚の扉が開き、中身が床に散乱する。揺れが落ち着つく。テレビをつけていた別室の社長が叫ぶ。「福島で地震と津波。もう一度大きな揺れがくるぞ」近くにあったバッグと膝かけを取り、玄関へ向かう。エレベーターが止まっている。外の階段を使って全員道路へ避難。ビルの壁のタイルが一部崩れている。周りのビルから避難してきた人が100人ほどいた。半分が携帯電話をかけていた。2011年3月11日:佐藤福子:静岡県沼津市:女33歳:お店(喫茶店)でお客さんにコーヒーを出したところで、揺れ。最初は「揺れてますね」とのんびりしていたが揺れが激しくなり、あわててガスを消し、一度お客さんにも外に出てもらう。落下物はなし。テレビがないのでネットで情報収集。大津波警報が出たことを知る。父、知り合いの飲み屋さんで物が落ちたらしいといって出て行く。お客さん、余震が来るたびに「ねえちゃんがんばれよ」とか言いながら一組、また一組とお帰りになる。電話が繋がらないため両親とも連絡が取れず、大変なことが起きているみたいだと思うものの、お店をどうしたらいいのかわからないため、ひとりでバケツにお水を汲み続けた。



    0411text

    2011年4月11日:米光一成:東京豊島区:男46歳:つつましやかな近所の花見でひさしぶりにはしゃいでしまい目覚ましをかけず寝てしまって寝坊。会議をすっぽかしてしまう。謝罪の電話。夕方、仕事でもらったチケットで映画へ。到着した駅を出ると少し雨。折り畳み傘を買う。47席の小さい劇場。上映中に揺れる。けっこう揺れるが誰も立たない。両隣の人と揺れたねって小声で。劇場を出て(雨は止んでた)あれこれ雑談。「ブレードランナーの世界にはならないね」って言ったけど何きっかけで言ったかは忘れた。近所のカフェにひさしぶりに寄ってビールとトリッパ。2011年4月11日:小熊直人:東京文京区:男33歳:14時46分。Twitterのタイムライン上に「黙祷」の文字が並ぶ。「自分も黙祷しよう」と思うものの、仕事の電話がかかってきて気がつけば15時。東京や経済は日常に戻りつつあるのかも…そんな淡い期待も、17時過ぎから断続的に起こる大きな余震で吹き飛んでしまう。311の本震でヒビが入った郡山の実家は大丈夫か? 明日手術を受ける父親、オペ中に地震が起きたら? 土砂降りの雨もあってだいぶ気分が落ちてしまったが、郡山にいる友人から「結婚する」との報告を受けたことを思い出し、ちょっと持ち直す。「こんなときだからこそ家族を増やそうと決意した」という友人の話に、久々に『未来』を感じた。2011年4月11日:梅田徹:神奈川県横浜市:男41歳:自宅。朝の4時、夜通し娘の入園準備をしていたらしい妻と入れ替わりに目が覚める。PCを開き、ひと月で倍に伸びたブックマークをくって横浜水道局のサイトにアクセス。続いて横須賀のモニタリングポストへ。空間線量がどれも平常どおり昨年平均の2倍ほどの値で横ばいしているのを確認する。3月15日を境に始まった、これが新しい平常。新しい朝の日課。タイムラインをチェック。メールの返信を2通。窓の外が白んできた。布団に戻るも2度寝を断念。枕の下から携帯を掘り出し、6時半にセットしていたアラームを14時45分に変更。子供たちの寝顔に目をやりPCの前に戻る。2011年4月11日:深川岳志:東京杉並区:男51歳:朝、キッチンを片付け、チーズトーストを食べる。スーパーでパンも牛乳もふつうに手に入る。自宅仕事。14時46分、黙祷。17時16分、大きな揺れが来た。その後も小刻みに揺れが来る。椅子にあぐらをかいたまま逃げるべきかどうか見計らう。外は雨と雷。結局、仕事を続ける。PConlineで連載している「iPadで読む今週のお薦めコンテンツ」に311textProjcetのことを書く。田中理恵子「平成幸福論ノート」、読了。晩飯。垂水の親戚が送ってくれたいかなごの釘煮を食べる。テレビで被災地のいちご農家の苦悩をみる。skypeで5月に予定されている電書関係のイベントの打ち合わせ。コンコンとノックの音。息子がPockyのストロベリー味をくれた。2011年4月11日:長崎友絵:東京板橋区・新宿区:女31歳:板橋区の自宅から新宿区の会社まで、昨日買ったばかりの自転車で走る。9.5km、40分。6時台の明治通りは車が少なく走りやすい。神田川岸の桜が満開で、一瞬みとれた。淡々と季節は巡る。昼食は自作のサンドイッチ。20代女性2人との話題は昨日の都知事選と、高円寺での反原発デモ。選挙速報開始と同時に出た当確については「あれは萎えた」というのが共通見解だった。夕方、震度4の余震。雑誌の在庫棚と窓ガラスから離れるようスタッフに声をかけた。雨のため、自転車を断念して電車で帰宅。道中、Twitterで鷺沢萠の命日であったことを知る。帰宅後、夕飯の仕度。震災以来、土鍋炊飯が習慣となった。今日も上々の炊き上がりに満足。2011年4月11日:高島知子:東京世田谷区:女33歳:外出する予定がない一日。きょうのわんこをその時間だけうとうとして見逃す。お昼のインスタント坦々麺用に肉味噌をつくる。午後PCでテレビを流しながら許諾とりなどの作業、富山大学の先生とやりとり。突然のどしゃ降り。震災を受けて立ち上がったエールアートプロジェクトのレポートを書き、昨日知り合った女の子へメール。夕飯をさぼってサイゼリヤへ、夜は冷え込む。2011年4月11日(月)朝比奈綾:静岡県静岡市葵区:女38歳:ラナンキュラスの水を替えパソコンをたち上げる。わたしのタイムラインでは昨日の石原慎太郎再選を嘆く声がめだつ。朝、ツイッタ―を確認するのとテレビをつけるのが習慣になった。CDがみあたらないのでiTunesで斉藤和義を2曲ダウンロード、そのあとしばらくしごと。外にでると桜が散っている。花びらが陽の光に反射している。いいお天気。暖かい。14時46分黙祷。夕方、マンションの地震予報機が鳴る。また独りのとき。かすかだけど長い横揺れ。部屋が揺れているのか心臓がドキドキしてるのか、とっさに判断がつかない。急いでテレビをつける。今夜の映画は中止。1カ月、パソコンで動画をよくみた。体重は2キロ増えた。2011年4月11日:佐藤忍:東京目黒区:女59歳:渋谷区、新宿区。やけに消毒薬臭い高田馬場の街を歩いてピースボートの被災者後方支援ボランティアの説明会に出ると消防法に違反する程の収容人数がエレベータのドアまで達していた。そのあと仕分け倉庫を見学しに行くと大量の支援物資に埋もれた人々が真面目に勤労していた。往きに道を聞いた焼き鳥屋でプンプン匂うタレ味を12本買い二重袋に入れてもらう。ぶら下げたまま恵比寿の東京都写真美術館に行った。 終わって地下鉄に乗ろうとすると地震の影響で全線ストップしていた。割とスグに復旧し四谷のギャラリで焼き鳥をザラリと皿に広げた。今日の余震がヒドかったことを始めて知る。私は全然感じなかったと言うとあんたは不感症かねと誰かに言われた。2011年4月11日:松永肇一:三軒茶屋:男51歳:会社に来る途中にあるコンビニに入ると電池が復活していた。会社のエレベータは使わない。会社で脱いだ上着を自分の椅子にかけて、すぐ着られるようにしてる。お昼ごはんに遠出をせず、出勤時に買ったものを食べてる。Twitterの画面を常時ひらきっぱなしにしている。トイレに立つときもiPhoneは必ず持っている。各地の放射線量をグラフ化したサイトを見てる。地震情報のサイトで規模と回数と震源を確認してる。東京電力の電力消費量を取得するツールを作ったけど使い道がない。ここまで書いたら余震がきて、ビルがギシギシと音をたてて揺れたので帰る。塾にいった息子を奥さんが車で迎えに行くというので、ついでに駅に寄ってもらって一緒に帰宅した。2011年4月11日:小嶋智:神奈川県横浜市→東京都杉並区:男40歳:暖かい朝で、通勤中の電車ですこし汗ばんだ。春が来た。今日は会議ばかりの日だが午後2時台はあいていた。2時46分から自席でしばらく黙祷する。3月11日もここにこうやって座っていたことを思い出す。twitterのタイムラインに黙祷のツイートが流れる。「twitterで黙祷を促された」といっているひとがいる。促すものではないだろうと思う。午後3時からまた会議。2時間半ほどたった頃に、揺れ始めた。大きめの余震、19階はゆっくりと横揺れする。少し酔う。午後6時過ぎ、電車の運行状況を確認し帰途につく。横浜は晴れていたが、杉並の自宅最寄り駅では雨が強く降っていた。セブンイレブンで傘を買って帰宅した。2011年4月11日:海猫沢めろん:東京都文京区:男36歳:昼から家でラーメンを食べてバイクのメンテナンス。図書館へ行ってからスーパーで買い物。風呂。わりと大きな地震が来て風呂がゆれる。本棚が不安だがだいじょうぶだった。夕食は唐揚げ。『すばる』の編集さんに『アニマルズ・ピープル』の書評原稿修正して送る。ちなみに本書はインドの汚染事故を下敷きにした小説なのだが、「それ以前」と「それ以後」に分けてしまうような出来事についての物語、という意味ではタイムリー。でも書評ではそういった部分には触れなかった。先日、文化系トークラジオLifeを聞いていて「それでも日常を維持することの強さ」(大意)について話していたのを思い出す。どちらかというと自分も日常を維持する方向。連載原稿すすめる。このテキストを書きながら、もう一ヵ月なのかと思う。花粉のクスリを飲んで寝る。2011年4月11日:柿崎俊道:東京都新宿区:男35歳:夕方に大きな余震。仕事が手につかない。18時、とある芸能プロダクションに呼ばれ、打ち合わせへ。二子玉川駅で田園都市線が渋谷で車両事故とのことで30分、止まる。イヤになって帰ろうとするも、大井町線も溝の口駅で人が溢れかえった影響で、止まっている。八方塞がり。前日に都知事選が終わり、石原慎太郎に決まった。彼は「日本のために東京が貧乏になったっていいじゃないか」といったが、貧乏とはこういうことかもしれない。日本の高い生活レベルを維持したあらゆるインフラが劣化する。公共交通機関はいい加減になり、仕事から速さ・正確さが消える。夜は暗くなり、犯罪率が上昇する。安全な空気と水は貧乏人には手が届かなくなる。つまり、東京は世界標準の街になる。と考えたところで、田園都市線が動き出した。2011年4月11日:中村隆之:東京都国立市:男43歳:朝、国立大学通りの桜が見事にきれい。人通りも少なく、思わずカメラをもって写真をとる。カフェのテラス席は桜が舞い大変気持ちがいい。昼頃から打ち合わせ先へ。お台場にあるその施設は震災のため、閉鎖され復旧工事が続いていた。打ち合わせの最中午後2時46分、場内放送と共に黙祷。車で会社に戻る途中、車中で大きな余震。しかし意外に車の中の揺れは恐怖心が薄い。その後も体感する余震があったが、みんな意外に落ち着いている。深夜11時過ぎに自転車で帰宅、雨は小降り、風も冷たく、街は暗い。2011年4月11日:朝倉かすみ:東京都豊島区:女50歳:自宅。取材のため受けている某講座に行く予定だったのだが、持ち物をひとつ用意し忘れていたことに気づき、欠席。終日家で仕事。途中なんどか携帯の緊急地震速報が鳴り、なんどかはっきりとした余震があり、そのたびテレビをつける。仕事中にのむミルクコーヒーにいれる大好きな牛乳「那須のおいしい低脂肪乳」が入手できず残念した。なるべく早い時間に買いに行かなければ売り切れると知っていたのに。サンシャイン牧場はレベル63に到達。今回、クエストはやらなかった。2011年4月11日:小長谷久子:東京都世田谷区:女23歳:14時46分、あれから一ヶ月。何か変わったかというと、たぶん何も変わっていない。いつもと同じように、仕事をこなす。昼過ぎ頃、大きめの揺れを感じたその時、トイレの中にいた。一瞬ひやりとする。とりあえず落ち着け、と自分に言い聞かせ、ちゃんと手を洗って外に出る。皆、表に出ようとしていたので、とりあえず着いて行った。外は雨。一ヶ月経っても、現地はまだ復興どころではなく、事態の収拾はついていない。色々な情報を得て、考えた結果「今できること」ではなく、決して忘れずに長い目で見守っていこうと、この一ヶ月で決意した。2011年4月11日:安田理央:練馬区:男43歳:いつもより早めの9時半頃に事務所へ。11時、某携帯サイトT氏打ち合わせ。昼は棒棒鶏弁当。小説一本、コラム一本アップ。17時、飯田橋のAVメーカーで新人女優取材。インタビュー中に大きな地震。中野からバスで帰宅。録画してあった「ブラタモリ渋谷」見ながらマグロのカマ焼きなどで晩酌。英国サイケのオムニバス聴きながら「今日の猫村さん」5巻など読む。缶ビール、缶チューハイ、フォアローゼスをロックで2杯。12時頃就寝。2011年4月11日:岸田浩和:東京中央:男35歳:携帯の速報音が一斉に鳴る。あっ、来た。右隣のアシスタントに目配せすると、やれやれといった仕草で、紙コップのお茶を飲み干した。とりあえず、足元に置かれた青いヘルメットを頭に載せる。正面の新入社員が、同期の仲間とふざけあって2個重ねて被っている。「頭長え」。ジワっとゆれ始めた。電話が鳴り、受話器をとる。「いつもお世話になっています」と普段の応対。大阪のお客は揺れていない。観葉植物の葉がバサバサ鳴り始めた。書架が軋む。大きいぞ。みんなのパソコンのキーを打つ、チャカチャカした音が止った。揺れは20〜30秒ぐらいで収った。応接に居た来客が、「今日はひとまず帰ります」と慌てて出て行った。2011年4月11日:下司智津惠:神奈川県川崎市:女43歳:先週から週に数回通っている仕事先に向かう。停止信号や列車間隔の調整で、たびたび停車。仕事先の最寄り駅では、液状化で出た水を吸い上げていたポンプが撤去されていた。ネットワークやプリンタの設定に時間をとられ、作業が進まないまま17時に退社。有楽町線に乗ってすぐに停車。緊急地震速報を受信したとのアナウンス後、隣の人の携帯から、聞き覚えのある緊急地震速報の音がし、まもなく揺れが来た。車内は静かなまま、数分後に、隣の駅まで運行すると動き出したが、駅についてすぐに運行再開。乗り換え駅で東横線を待っていたら、通勤快速を運転していた。帰宅にいつもより30分余計に時間がかかった。晩御飯はオムライスを作った。2011年4月11日:星野和一:東京都千代田区:男31歳:先輩編集者と二人、雑誌の新連載の監修者に会いに、夕方、神保町から巣鴨へ。今後の仕事について相談している最中にiPhoneの「ゆれくる」が鳴る。福島県浜通りで震度6弱との速報。10秒ほどで予告通り揺れ始める。既に皆「大地震だヤバい」という危機感は無い。仕事の話は中断し、「地震の時は何してました?」と雑談に。先輩は「漫画の取材で東京電力にいた」という鉄板ネタを笑いながら披露。相手は笑うわけでも引くわけでもなく興味深い顔で聞いていた。打ち合わせが終わり先方が帰ると、先輩が「地下鉄が止まってる」と言うのでタクシーで帰社。その後、ネットで赤い羽根災害ボランティア・NPO活動サポート募金を知り、ツイート。2011年4月11日:藤山京子:神奈川県町田:女26歳:取引先のスーパーにサンプルを渡しにいくため、小田急線に乗る。車内は節電で電気が消されて薄暗い。目的地につくまで隣の席の人がずっと地震の話をしている。商談ではバイヤーに「とりあえず売り場に置けるものなら何でもいいから持ってきて!」と頼まれる。先月までとの違いに改めて非常事態を実感する。相手先を出た直後、また地震。だいぶ大きい。震源地は福島という地震速報が入る。もしかしたら日本は滅亡するのではないだろうか、と思う。2011年4月11日:渡邊宏美:東京都港区:女性33歳:地震で目が覚めた。会社に届いたAERAの見出しは『東電「解体計画」』だった。震災を機に週刊誌の見出しが気になる。石原都知事が4選を決めた。節電対策の具体例として自動販売機の停止を挙げていたことが耳に残り、災害時用の自販機が気になる。ツイッターでは14時46分ぐらいから「黙祷」の文字が並ぶ。16時30分、空は暗く雨が降っている。一ヶ月前の今日雨が降っていたら徒歩で帰宅した人はどれくらいいただろう。17時16分頃再び大きな揺れを感じる。ツイッターには「ゆれる」「ながい」「でかっ」こんな文字が続いた。ヒールの靴しかない。傘もない。家に戻りペットボトルにためていた水道水の入れ替えをした。2011年4月11日:浦高晃:千葉県船橋市:男34歳:午前5時前悪夢の目覚め。不安、主に金銭的な意味で、親に無心したお金でカード会社の催促に応える…。出身校に頼んでいた成績証明書その他の送付願、三通目から送料が90円になるのであと10円送れと木で鼻をくくったようなメール、お前が電話口で80円って言ったんだよ! 取り急ぎ二通だけ送れという。児童のクラスで更衣室でケンカ、両成敗。殴った方があとを引きずってベソベソ。おとなになれ! レッスン中に余震、5分ほど様子を見た後レッスン再開。あとは以上なし、バスで帰る。イカ娘とおお振りの新刊を買ってしまう。おとなになれ! ポケモンのプレイ時間がカンスト。お(略)2011年4月11日:田中モトヒロ:東京都港区芝公園:27歳:朝の本数が震災前レベルまで復旧した小田急線で通勤。お気に入り登録しているサイトを巡回する。「近い将来起こることが予想されている宮城県沖地震も被害が最小限になりますよう、今から準備を怠りなく進めなければと改めて考えています」仙台のサッカークラブを応援するブログの、3月9日の記事。翌10日を最後に更新がない。他にもこの日から更新されないままのお気に入りサイトが4つある。出社すると、岩手県沿岸部出身の同僚から午前休の連絡。地震の日から週1・2回の頻度で半休や全休をとっている。朝礼で上司が「そろそろ地震の衝撃から立ち直らねば」と挨拶する。夕方5時すぎに、これまでで最大の余震がきた。何度も揺れる。さっきの上司が「危険だから早めに帰るように」と呼びかける。7時前に職場を出る。東京タワーのライトアップは先月から消えたままだが、大展望台の一面に「GANBARO NIPPON」という電飾文字が輝いていた。2011年4月11日:タカギタイキチロウ:東京中野区:男35歳:朝、ウンコを漏らす。お腹の調子が悪いのにトイレで読む本を探してしまったのが敗因。汚れたパンツをゴミ袋に入れる。一気にテンションが落ちて何もやる気が起きない。YouTubeにアップされている津波の映像を片っぱしから見る。明らかに危険が迫っているのにムービーを撮り続けてる人の心境を考える。昼から料理番組の編集。夕方、大きな地震。津波警報がでる。NHKでは漁港の映像、沖に避難する船。津波による被害をメディアを通じてしか見ていない。現実感がなくなってくる。どんよりとしつつ抗鬱剤と精神安定剤と睡眠薬を飲んで寝る。2011年4月11日:飯田和敏:東京都新宿区:男42歳:311から1週間は自宅待機。仲間と連絡をとりながら震災復興祈念ソフト「nagi」を作り無料公開、5000DLされた。3月30日、ロフトプラスワンでイベント出演。「みちくさ」「私たちが望むものは」を歌った。4月3日、町山さん主催の花見に参加。500人の参加者と一緒に清志郎を歌いまくった。4月10日、普段お世話になっているロフトのスタッフに誘われ高円寺反原発サウンドデモに参加。成り行きで公園でスピーチした。目の前の群衆の真剣な眼差しと対峙した。震えたぜ。路上を練り歩き、すばらしいサウンドシステムに踊り狂った。そこで生きることの快楽を感じた。4月11日14時46分、黙祷。あとは原発の問題だ。しかし、その後、巨大な揺れ。まだ渦中である。2011年4月11日:加藤敦太:愛知県愛知郡:男23歳:頼んでいた『小鳩豆楽』が届く。思っていたより甘みが薄く、きな粉の味が強い。『二人静』よりも大きくて、『二人静』よりも硬い。鎌倉の位置が分からなくなる。トイレに貼ってある地図を見ると、神奈川県にあった。何故か、きょうと・なら・かまくら、で憶えていたので驚く。午後は近所のスーパーへ買出しに。プライベートブランドの水500ml35円はあるのに、有名メーカーの水だけ品切れ。アルミボトルの炭酸水は手付かず。夜。バラエティ番組を観ていると、盛り上がりの瞬間にテロップで地震の速報が入った。先月取引した石巻の方からの返信はまだ来ない。2011年4月11日:近藤英明:埼玉県さいたま市:男45歳:今日も大き目の地震があった。自宅付近の天候は夜にかけて雨と風。昨日、近所の桜並木では、丁度桜が見ごろだったが、この風でだいぶ散るのでは。だが、風というと放射能放出の方向に注意が行く自分がいる。SPEEDIによる放射能の影響図は、アメリカでは発表されているというが、ネットでうまくたどりつけず。近くのスーパーではティシュやトイレットペーパーはぎっしりと補充されるようになった。しかし、まだ飲料水の棚は空が目立つ。なぜかカフェイン類の大型ペットボトルは売れ残りが多いようだ。スーパー内の電源も節約で暗い。日経平均は震災当日は10254円。今日は9719円だった。2011年4月11日:高須正和:東京豊島区:男36歳:自宅(豊島区)余震で目覚める しばらくニュースを確認後、取引先の会議へ向かう。(自転車で移動)午後に会社(東京都文京区)に出社。余震の影響はなく、通常通り業務をこなしていた。22時頃まで勤務して帰宅。帰り路でスーパーに寄るが、納豆などのいくつかの製品がいまだに入荷が乏しく、フルーツグラノーラなどは生産を中止しているようだった。2011年4月11日:千野帽子:京都市中京区:男46歳:洗濯物干して朝食準備。細君が猫を洗ってくれたので乾かすのを手伝う。マンション理事会出席後、明治屋に。高瀬川の桜が綺麗。ヨガスタジオで「アシタンガ」、他人の体の柔軟さに驚くが、私の体が固いだけだ。帰宅後、明日の弁当用に手羽元と白葱のオイスターソース煮、牛蒡と人参の塩金平を作る。玉子を茹でつつNHK出版にメール返信書いてたら、東日本で地震の報。Twitterやってない知人を心配したが、メールが来て一安心。ボロニェーゼと茹でグリーンアスパラで夕食。日経ビジネスアソシエのゲラPDFの今日マチ子さんの挿画に見とれる。校正は他にユリイカ角田光代さんインタヴュー、ミステリマガジン連載。サルトル『分別ざかり』読了。2011年4月11日:島影真奈美:東京新宿区:女37歳:仕事関係の花見があり、外出する準備をしていたところに余震。念のため実家に電話。すんなりつながる。最初に電話に出たのは父親。「津波てんでんこ」の重要性を説かれる。途中、母に交代。ヘルメット購入をアドバイスされる。でも、実家では緊急持ち出し袋を今も用意してないそう。花見の待ち合わせ場所に向かう。強い雨と寒さにくじけたところで、素浄瑠璃の太夫から着電。高田馬場のホルモン焼き屋へ。「ホッピーと白いごはんください」と注文して笑われる。六代目三遊亭円生と八代目林家正蔵のリレー落語「眞景累ヶ淵」のCDを借り、帰宅する。2011年4月11日katsumaki:東京都港区:女25歳:自宅。朝は7時過ぎの地震の揺れで目が覚めた。震災以来、今まで考えなかったことを考えるようになった。今日も原発、選挙、無関心、デモ、物事の主張の仕方について考えた。そうしているうちに大きな地震がきた。さらに小さな余震も。すっかり油断していたので驚いた。久々に地震酔いが復活して気持ち悪くなった。でも我が家の猫たちは確実に地震に慣れているようで、少々大きな揺れや連続した余震にもほとんど動じなくなった。18時すぎに外に出ると、今日も看板の照明が消えた暗い街。いつの間にか暗い都会の夜の風景にも慣れたみたいだ。2011年4月11日:東京都文京区:山田新:男41歳:会社:新聞で前日の高円寺の反原発デモのニュースを探すが見当たらない。ネットではかなり話題になっていたが、何故だろう?たしかに主張が見えにくく、ただ騒ぐだけのようなデモだったが。。会社へ。取引先との打ち合わせ中に大きな地震。すっかり余震に慣れてしまっている自分がいる。しかし、取引先の方、ご主人が警察官でいま福島にいるとのこと。いまこのときにも危機に直面している人もいるのだと改めて思う。帰宅後、音でも出してストレスを発散しなければフリークアウトしそう、ということで、友人とスタジオ入り。地震や原発のことで煮詰まった頭を少しすっきりさせる。2011年4月11日:木村裕之:東京都中央区銀座:男30歳:オフィスの5F。縦の揺れが始まった。今度の余震も大きく長い。女の子が騒ぎ始めた。自分も古いオフィスビルの5Fにいることでいつもより不安を感じた。しかし大きな地震にはこの一ヶ月慣れてしまったのであまり何も考えずに過ぎ去るのを待った。揺れが収まり、ヤフーの地震速報を見た。マグニチュード7.1、震度6弱。震源は福島県浜通り。福島第一原発がとても気になった。周囲にテレビはない。最近は携帯の地震速報からも連絡はない。外を見ると暗く雨が降っていた。2011年4月11日:唐木厚:東京都文京区:男46歳:震災から一ヶ月、はじめて新聞のトップが震災以外の記事になった。統一地方選。でも、平常時になってきたとはとても思えない。午前中は、会社で会議。夕方から、文学賞の授賞式に行く。選考委員のスピーチ中に突然、大きな揺れ。今回の余震は大きく、一分以上揺れが続いていたように感じた。深夜帰宅。コンビニに夜食を買いに行く。一時はすかすかだったコンビニの棚も、やっと充実してきた。でも、まだ2リットルサイズの水のペットボトルは見かけない。2011年4月11日:小林央:東京都千代田区:女30歳:古いビルの7階にある職場で入稿準備をしていた。外は雨。かなり激しく降っている。17時20分前。「入稿は明日にしよう」と部下に伝える。揺れ始めた。長い。棚が大きく揺れている。職場の仲間はそれぞれ、前回地震で倒れた棚を押さえている。「福島で震度6強!」と、別室でテレビを見ていた社長が大声で叫ぶ。何も倒れなかった。私はすぐに会社の電話を使って実家(福島)に連絡を取ろうとした。「公衆電話でしてこい」と、社長からテレホンカードを渡される。エレベーターは作動していた。外に出ると、いつもと変わらない風景。近くの公衆電話にはすでに人がいた。しかたなく別の公衆電話まで走る。電話はすぐにつながった。2011年4月11日:佐藤福子:静岡県沼津市:女33歳:静岡県県議会選挙、沼津市の投票率の低さに愕然とする。予想通りの候補者が当選したからか、喫茶店のお客さんの話題は石原再選のほうが多い。さすがに常連さんたちの年齢層が高いだけあって、よかったわ、安心したわ、とか言っている。驚きと落胆を隠せない。その後はやはり震災から一ヶ月、早かったのか長かったのかわからないという話に。原発の話になると、廃炉にしなくちゃだめよ!と、さっき石原さんが再選してよかったわと言っていた人まで息巻いていた。夕方、揺れ。



    0511text
    0511text
    2011年5月11日:米光一成:東京豊島区:男46歳:二条の映画館で「ブラック・スワン」を観る。びっくりしてポップコーンをこぼしたので終わって明るくなると自分の周囲に散乱していてはずかしかった。twitterで「ブラック・スワン」のレビュー書くよーってエキサイト・レビュー編集長に宣言して、興奮したまま近くの喫茶店で書く。ポメラ持ってくればよかった。書き終わってぶらぶらしているとお漬物の寿司を見つけて食べてみたいと思うが腹具合を考えた結果サンドイッチ買って新幹線。電光掲示板ニュース、半分ぐらいが原発や放射線。2011年5月11日:小熊直人:東京都文京区:男34歳:ソファでうとうとしていたら明け方4時。ちゃんと寝なきゃとベッドに潜りこむものの5時過ぎの「ゆれくるコール」で目が覚める。震度のわりには大きな揺れ。「“11日”はやはり何かあるのか?」とつい考えてしまう。昼過ぎ、タクシーで東京タワーの前を通りかかる。タワー先端の曲がった部分がどうなったのか見たかったがまったくわからず。その後、3ヵ月ぶりに会った取引先と打合せそっちのけで納豆談義で盛り上がる。夜、新たに進める仕事で「海」「火山」をテーマにしたものがあり、時期的に大丈夫か?とデザイナーと議論。結局この日はタクシー帰り。気づけばとっくに11日は終わっていた。朝の余震以降、この日地震は起きなかった。2011年5月11日:梅田徹:横浜市:男:42歳:小雨の中、娘3歳と登園。お迎えまでの空き時間、ミスドで絶版本「原発ジプシー」(堀江邦夫)を読む。著者自らの原発下請労働体験を綴ったルポ。30年以上前の本として割り引いても、原発の実態...差別的な労働環境、放射線管理の杜撰さ、プラントとしてのお粗末さにあ然とする。午後、息子10歳の帰宅後、体験学習についての保護者向け説明会に妻と参加。今月末、5年生全員で静岡の三保松原に行くというもの。三保松原は怖い。平坦で逃げ場がない。ただ、完全ではないながら、宿泊先の変更など具体的な配慮がみられ、保留にしていた承諾書を提出、帰宅する。離職票が届いていた。2011年5月11日:深川岳志:東京杉並区:男52歳:雨が降っている。昨日の真夏日から一転して寒い。起きてすぐ近所の方と下水道配管工事の見積もりを検討。動物病院から電話があり、猫の尿検査の結果を聞く。スパゲティを作り、息子を予備校に送り出す。「古池に蛙は飛びこんだか」長谷川櫂を読み終わる。テレビの録画を見、マツコデラックスと有吉弘行の掛け合いに笑う。病院から帰宅した妻に「私の自殺願望は住宅ローンが払えずに家を失う恐怖が原因だった」と告白される。「家はただの箱だと気づいたのでもう大丈夫」。2011年5月11日:長崎友絵:新宿区・練馬区:女31歳:夫に弁当を作って送り出したあと二度寝。起きたらすでに昼をすぎていた。昼食をとりながら「徹子の部屋」を観る。佐田啓二と中井貴一が似すぎだ。15時すぎに外出。出がけに、玄関に置いたままの朝刊の見出しに目がとまる。「夏の電力各地切迫」。この2ヶ月、ほとんど新聞を読まなくなった。すみずみまで読むの好きだったのに。東武練馬のシネコンで「ブラック・スワン」を観る。水曜なので9割女性。終わったら、鼻歌と口笛がすべて「白鳥の湖」になっていた。映画好きの同僚たちにただちに勧めることにする。帰宅後、雨で濡れたスニーカーに新聞紙を丸めてつめた。新聞の購読をやめた場合、この作業と野菜の保存には何を使えばよいのだろう。2011年5月11日:高島知子:東京世田谷区:女33歳:忙しい雨の一日。朝、超特急で夕飯をつくり身支度を整えて11時に渋谷で飲食業の取材。被災地で炊き出しをした際、現地のおかあさんに「これ持ってきなさい、がんばって」と貯蔵してあったワカメを渡されたと聞く。午後、今日が87歳の誕生日の祖父宅を訪ねる。検査入院明けだが顔色は良好。夕方、赤坂で、なにか仕事したいですよと申し出たら会えることになった某誌の方々と打ち合わせ。はちみつレモンをいただく。夜、友人と、蔵前に新しくオープンした商業施設へ。友人つながりで数名の方々とあいさつし、ハートランドを飲む。相方と落ち合って帰宅後、朝のわたしがつくってくれたハヤシライスとスープを食す。送るべきメールを送って就寝。2011年5月11日(水)朝比奈綾:静岡県静岡市葵区:女38歳:朝、歯医者のために、50キロ離れた実家の町へ。雨のせいで午後のしごとが順延したので、実家に立ち寄る。母の日にネットで手配した芍薬&カーネーションがまだ咲いている。予想以上によろこばれてうれしかった。両親と新茶をのみながら、浜岡原発と、おたがいのゴールデンウィークの話。京都の話。きものの話。自宅にもどって遅いお昼。おからのサラダ、鶏の唐揚げ、五分づきのごはん。直後に黙祷の時間。前日は気温が34度あったのに、しとしと雨がふり、はだ寒い一日。帰宅後はずっと家でしごとする。夜、実家より南足柄の茶葉からセシウムが検出されたと連絡がある。実家は製茶問屋をしている。2011年5月11日:佐藤忍:タイ王国:女60歳:旅行先(カオラック)。午前3時に起き体に正紅花油を塗る。壊れて萎えたシャワーの首で眼と口を濯ぎコーヒー粉をコップに降る。村の汚い犬を触り、少し歩くと黄色の砂地のアンダマン海がTSUNAMIに似せた姿でそこにあった。セブンイレブンで豚のバーガーを温めてもらい自分で胡瓜、トマト、玉葱を挟む。その後イヤになるくらい英語を喋りとうとう頭蓋骨から脳がとろけ出した。帰りにまた犬を触り、30分仮眠する。タイ人兄弟と夕食を採り、またクソの英語を喋る。850Bは私が支払い、犬を触り8時に部屋に戻る。そして眠る。そのときもう触る犬はいない。2011年5月11日:松永肇一:三軒茶屋:男51歳:朝は会社のエレベータは使わなかったけど、夕方は久しぶりに利用した。エレベータはいいものだ。今日は打ち合わせの多い日。2つの案件が同時に来て、どういう優先度で開発をすすめるか、新しい技術をどこまで取り入れるか、頭をひねる。夜は新大久保の飲み会に向かう。2月→3月→4月と何度も延期された飲み会だけどようやく落ち着いて飲める気分になった。大学のサークルの仲間と海鮮チヂミとかチゲとかマッコリとか食べて飲む。話題は地震のこととか子供の教育のこととか。帰りの山手線も小田急線もすっかり通常ダイアに戻っている。酔っばらっていては「ポアンカレ予想」を読むのは無理なので、寝る。帰宅してから0311textのことを思い出し、PCに向かってテキストを書く。自分を褒める。2011年5月11日:小嶋智:神奈川県横浜市→東京都杉並区:男40歳:今日も暖かい。少し頭痛がする。Google Doodleはマーサ・グレアムのダンス、しばらくみとれる。今日も会議ばかりの日だった。避難所への物資配給が終わるところも多いという話をtwitterで知る。直接物資を送る「ふんばろう東日本プロジェクト」について調べる。帰りは雨が降っていた。帰ってから、小さな鋳鉄のフライパンでホタルイカのオリーブオイル煮と春菊のサラダを作って夕食にした。2011年5月11日:海猫沢めろん:東京都文京区:男36歳:昼頃起きる。いつもだと曇りの日は熟睡できるが、ここのところ眠っても悪夢ばかり。歯医者にいく日だったが、締め切り前で生活リズムがめちゃくちゃになってきたのでキャンセル。とりあえず原稿、原稿、原稿原稿原稿……ああ……まったく書けない。いやになってきたので昼飯を近所の中華屋でテイクアウトする。うまい。読書。囲碁。風呂。久しぶりに友人と電話。元気が出る。夕食は餃子、玄米、生野菜。疲れ目をやすめて寝る。2011年5月11日:柿崎俊道:東京都世田谷区:男35歳:朝6時に起床。翌週のスケジュールを決めるため、細々とメール。午前11時、電話で企画打ち合わせ。新しい商品案を進めることにする。13時30分、某所に飛び込み電話。企画の説明をし、急ぎ企画書を送る。検討してもらえるようでよかった。15時頃から数日前から考えていたコミPo!の新しいマンガをちょびちょびと進める。19時、冷蔵庫のあまった野菜とベーコンでコンソメスープを作る。うまい。20時、近所のスーパーへ夕食の買出し。道すがら、新しいマンガがどうも面白くない理由に気付く。面白いところを後出ししようとしているからだ。スープと買ってきたパンを口にしながら、自分が一番の見所だと思っている箇所をマンガの1ページ目に持ってくる。我ながら一気に面白くなる。また今日もひとつ、マンガスキルが上がってしまった。2011年5月11日:中村隆之:東京都国立市:男43歳:終日雨。前日深夜まで作業して、睡眠時間が短かったせいか朝からひどい頭痛。仕事が沢山たまっていて、朝からメール、チャット、そして曲のチェック、修正と大忙し。頭痛もあって、昼食はとらず、午後は打ち合わせに銀座まで移動した。14時46分は電車の中で通り過ぎた。世間はいたって平穏に見える。私も平穏。打ち合わせの帰りがけ山野楽器によって、ギターをウィンドショッピング。頭痛はますますひどくなって、会社に戻ってもしばらく仕事ができなかった。夜になって少し改善。dommuneで山本政志監督の番組を見ながら仕事続行。11時前、帰宅。珍しく妻が近くまで車で迎えに来てくれた。早めに就寝。2011年5月11日:朝倉かすみ:東京都豊島区:女50歳:自宅。朝5時に起きて、仕事。お昼すぎ、郵便局にいく。親に(遅い)母の日と(早い)父の日のおこづかいを振り込もうとしたのだが、銀行の通帳しか持っていなかったため、できなかった。親は、3月に上京する予定だった。母は荷造りをすませていたし、脳梗塞をわずらった父は歩く練習をしていた。延期になってしまい、かわいそうだった。おこづかい、明日、忘れずに振り込むこと。夕方、某新聞社の取材を受ける。お題は「作家になるための文章修業」。いっぱしの顔をして答えたが、「それ」をやっているときには「修業」とは思わなかった。好きでやっていただけだ。サン牧のレベルは現在67。2011年5月11日:小長谷久子:東京都世田谷区:女23歳:今日もいつものように出社。天気は雨。出社早々、ラジオで雨の歌が流れていたから、頭の中で雨の歌が流れ続けていた。もうだいぶ余震は少なくなったのか、気付きにくくなっただけなのか…隣の建物の工事で時折、床が揺れる。twitterも時々原発のことが流れてくるくらいで、以前のようにどうでもいいようなことが呟かれる。変わったことと言えば、きちんとニュースをチェックするようになったことぐらいか。そういえば、浜岡原発が停止するらしい。廃炉ではなく。地元に近いのでとても気になる。2011年5月11日:安田理央:東京都練馬区:男43歳:地震で剥がれた仕事場キッチンのタイル修理が今頃来る。AV「B級素人初撮り041ダディ、ゴメンなさい」レビュー原稿。目黒で平野勝之の新作「監督失格」試写。痺れる。青森から上京中の吹田やサチエさんなどと高円寺のバーミーで飲む。中野経由でバスで帰宅。残りのハンバーグなどで軽く飲み直し。2011年5月11日:下司智津惠:神奈川県川崎市:女性:43歳:派遣先の仕事で、朝から取材で亀戸へに向かう。電車が止まることもなく、時刻表通りに到着。取材後、別の取材で有楽町へ移動。担当者と待ち合わせて、赤坂へ。ランチにパッタイ。1200円。かなり雨が強い。帰りの赤坂駅では、一部の階段の灯りがほとんどなく、とても暗いところも。派遣先で、来週フロアを閉鎖して節電効果を確かめる予定があると言われる。雨の中、買い物して30分歩いて帰宅。途中、地元のケーキ屋で、サブレ・フロマージュを買った。夕飯はおつまみとビール。子供から、学童の先生のお母さんが亡くなったと聞く。同じ学童のママからお香典についてメールあり。宴会で飲んで帰ってきた夫に相談、もめた。2011年5月11日:星野和一:東京墨田区:男31歳:出勤前、団長を務めるアマチュア合唱団の演奏会のパンフを書く。冒頭の団長挨拶にも震災に関するコメントを、と言われたので、お見舞い文を一行と、節電等で練習施設が借りられなかった話などを書く。自分でこういった文章を公に書くのが初めてで、なんだか文章が浮ついて他人ごとに見える。PCで録音した一週間分のラジオ番組をiPhone4に移す。震災以前は出来ていたradikoのストリーム録音が出来なくなって、だいぶ作業工程が増えて不便だ。アニスパと重なってるタマフルがずっと聴けてない。録音を聴きながら編集部へ。一日早く配達された週刊少年チャンピオンを読む。バキ世界では地震は範馬勇次郎が起こしたことになっていた。2011年5月11日:藤山京子:東京中央区:女26歳:通常通り朝9時に出勤。パソコンを立ち上げて商談用の資料を作成する。隣の席の同僚が話しかけてくる。「毎月11日に大きい地震が来るし、今日も来るかもね」「最近余震が少ないからどうかな」雑談していると取引先から電話がきた。商品を多めに発注したいという内容。工場が被災して生産が安定していないことを伝える。「ほかのメーカーはそろそろ安定してきてるんだけど…」そう言われてもと思ったが丁重に謝った。2011年5月11日:渡邊宏美:東京都港区:女性33歳:東京は最高気温28度の予想。湿気が高く汗ばむ陽気。夕方からは小雨。TシャツやYシャツ姿を多くみかける。女性の足元はトレンカやストッキング、素足にサンダルの人もいた。ニュースでは福島原発の警戒区域に指定されている人たちの一時帰宅の様子が報道された。滞在時間は2時間。一枚のビニール袋にアルバムをいれている人が多い。自宅の耐震診断を受ける人が今までの4倍に増えたというニュースも耳にした。ACのCMが極端に減った。書店には震災の様子を綴った本が並ぶ。その横には心が弱ったときに読むと力が沸いてきそうな名言集のような本が積まれている。オフィスビル内のコンビニにはビールが冷やされていた。タバコは相変わらず銘柄が絞られている。2011年5月11日:浦高晃:千葉県船橋市:男34歳:深夜未明に激しい嘔吐感。トイレにげろりんちょ。晩飯からは数時間。食中毒か? まな板の除菌があまかった? ドクダミ茶で水分補給して寝直す。朝方に緊急地震速報のチャイムで目覚めるも異常なし、起きたらわりとスッキリ。じゃがいもの芽があやしい。それともストレスか。 午後アルバイト。雨だったけど、珍しく家にいたルームメイトに車で送ってもらって解決。5月の練習初回。連休中に動物園や水族館に出かけた子の土産話等。ハワイで真っ黒になってきた子アリ。最近の悩みが運動会のピラミッドで一番したになった事だって! メール数件。下読とテープ起こし依頼来た。夜はご飯炊くのに失敗。2011年5月11日:田中モトヒロ:東京都世田谷区:男27歳:朝5時40分、腹痛で目が覚めてトイレに駆け込む。連休中のネパール旅行でかかった腸炎が治らない。今日は熱も出たので、朝8時半、上司に連絡して1日休みをもらい、二度寝。起きても横になったまま読書し、頭が疲れたらiPhoneを取り出してネットを見ているうちに再び眠ってしまう。目がさめたのは4時前。ツイッターをさかのぼるのは諦め、mixiボイスをチェックすると、14時46分にマイミクで黙祷を捧げていたのは1人だけ。先月11日は10人以上いたけど、だいぶ減った。2011年5月11日:飯田和敏:東京新宿区:男42歳:「nagi」のiPhone版がリリースされた。新宿の様々な場所に持ち歩きプレイしてみた。やはり歌舞伎町あたりが断然におもしろかった。iPhone版では液晶画面をタップするとエフェクトがきれる。マイクが拾っている音、つまりiPhoneが飲み込んでいる音がダイレクトに聞こえる。それは自分の耳で聞いているものと結構違う。1年半かけて作ってきたゲームソフトが今月いよいよ期日をむかえる。震災で一度作業が中断し、動きが鈍くなっていたがここへ来て怒濤のクオリティアップ!仲間の士気が非常に高い。僕はすごいゲームを作っているかもしれないという予感のなか軽い躁状態で、もう何日も寝ていない。休んでいない。体はつかれきっている。2011年5月11日:加藤敦太:愛知県愛知郡:男23歳:起きて、シャワーを使う。半そでにしようか、でも外に出たらみっともないような、と迷う。結局、薄手の長そでをまくって暮らす。猫の毛が舞っていて、目と口に入った。手にもついていて、なかなか取れない。手を洗うとタオルにもついていた。ウェットティッシュでごまかす。仕事。マウスがべとつく。べとついてトレースが上手くできなかった。午後、ものすごい睡魔に襲われ、すこし昼寝することに。朝のまんま、猫が寝ていた。ただし伸びていた。「中」の扇風機を点けて眠る。二時間くらいで止めて、川上弘美の『真鶴』を読む。感触が気になってカバーを外して読む。夜、竹の子ごはんを炊く。処理が遅かったせいか、えぐさを感じた。2011年5月11日:三浦天紗子:東京新宿区:女47歳:自宅。仕事場の窓から激しく降り続けている雨を見ている。午前中にyoutubeでフォトジャーナリストの広河隆一さんのチェルノブイリのレポ(http://www.youtube.com/watch?v=tWWICnIQE9k)を見て動揺する。気は重いが、ここ1ヶ月ほどと同じようにパソコンに向かって文章を書きつけている。夕方、バスに乗って夫の会社の近くへ。バスの窓からなおも降り続けている雨を見て、きっと放射能が含まれているんだろう。雨を見ると、最近はいつもそう考えてしまう。一緒にコーヒーを飲んだ喫茶店に私だけ居残って、本や資料の続きを読む。8時少し前に帰途につき、夕食を作った。2011年5月11日:近藤英明:埼玉県さいたま市:男45歳:部屋の掃除を頼んでいたシルバー人材センターの人から電話。雨じゃない日にした方が、洗濯物とかするのにいいですよ、と。土曜日が晴れらしいので、その日にしてもらう。仕事の参考用に米光氏の『自分だけにしか思いつかないアイデアを見つける方法』を読む。ヤラセみたいだが、本当だから仕方がない。夜からは、Android開発の講習会に行く。渋谷近辺。絶対領域の可愛い女の子が多い。オヤジ丸出しの感性だが、本当だから仕方がない。それともこれは誰かが俺のために開発してくれたAR技術か何かか? 雨降りだと放射能雨を連想するから、まだまだ原発のことが意識の中には強くあると思える。2011年5月11日:高須正和:東京豊島区:男36歳:数日続いた雨でじめじめする気分で起床。自転車通勤も果たせず電車で会社に向かう。この日は打ち合わせが続き、重い空と雨の中都内を数カ所移動し、戻ってきてからも深夜まで勤務になった。最近余震を感じることが減ってきているように思うが、いつも買っていた食材がスーパーに戻らない(生産を止めているのでは?)ところなどから、地震の影響を感じる。連休を利用してボランティアに行った友人や同僚から、東北の写真などを見せて貰う機会が増えた。2011年5月11日:千野帽子:京都市中京区―兵庫県西宮市:7時起床。雨。NHK出版福田さん、堀本裕樹さん、米光一成さん、長嶋有さんにメール。ご飯を炊き、苺をハンドミキサーでジュースに。愛妻弁当を持って出勤。午前から午後にかけて1年生と2年生のフランス語の授業。京都新聞から連絡。ミステリマガジン連載ゲラチェック。角田光代『夜をゆく飛行機』中公文庫版の新帯デザインが送られてくる。夕方の会議のあと、同僚たちと打ち合わせ会食(こういう形式の会食は年に1度くらい)。帰りの電車で寝落ちる。帰宅後、燃えるゴミを纏め、洗濯機をセットし、学生の課題(百讀)6本をチェック。ブース『フィクションの修辞学』、あとちょっとで読み終わる。2011年5月11日:島影真奈美:東京新宿区:女37歳:連載案件のネタ出しと原稿。待っていたアポも確定し、一安心。先週末の宮崎牛BBQで配るはずだった「電書しおり」の編集作業にとりかかる。イラストレーターを使って、文字と写真を切ったり貼ったり。「縦中横」を選択できるタブが見つからず、右往左往。フォントをちょっと変更するだけで、本文の改行位置がずれる。夕飯は近所の定食屋でポークピカタ×エビクリームコロッケ。傘をささずに行ったら、「これ持っていって」と定食屋のおかあさんに傘を渡される。深夜ようやく電書しおり「うつわ編」が完成。ブログに写真を追加しつつ、公開。2011年5月11日:katsumaki:東京都港区:女26歳:朝8時、猫に起こされゴハンをあげる。生きた海老をもらったので早速それを刺身とパスタにする。食事の後は仕事。先日もらったリテイクを終える。午後になって宅配便が届いた。外はたくさん雨が降っていて部屋の中は湿度が高く、ベタついていて猫たちも暑そうに床で伸びていた。猫の抜け毛が多い季節なので、しっかりブラッシング。夕方、スカイプでミーティングをしながら身支度をして、外出。外は強い雨のせいかあまり人が歩いていなかった。2011年5月11日:東京都文京区:山田新:男43歳:朝、定時に出社。翌日の会議資料を仕上げる。今期売上実績の検証などが議題だが、流通が正常化していないという要素があるため、実績の分析が大変に難しい。夕方から月曜日に終了した新卒採用試験の担当者慰労会。2次会には参加せず早めの帰宅。赤ちゃんと遊ぶ。2011年5月11日:木村裕之:東京都渋谷区:男30歳:4月に異動してから仕事が忙しい。その中で今週オフィスが渋谷へ引っ越し、更に忙しくなる。朝5時に起床するが結局疲れて7時15分まで二度寝した。地下鉄での通勤も初めてだが、JRに比べて人が少なく、また駅は暗いので朝か夜かよくわからない。オフィスは昨日無理して節電していたが5月とは思えない暑さになったため昼から冷房が入っていた。ニュースを見ると先週末から原発から黒煙が上がった、熱が下がらないなどの情報が入り、非常事態が続いていることを実感。夜は久しぶりに前部署に残った荷物を片付に行く。前部署は全社の節電命令を無視し震災前と同じように多くの人が深夜まで働いていた。2011年5月11日:唐木厚:東京都文京区:男46歳:出社後、社内の会議。続いて社内での事務処理。夕方から現在進めている新規事業の打合わせ。今日は通常より早めの帰宅。8時には家について食事。その後は、読書。いつの間にかソファで眠っていた。2011年5月11日:小林央:東京都港区:女30歳:打ち合わせのため9時10分にJR新橋駅に着く。烏森口はエスカレーターが上下とも作動していて、構内も電気が付いていた。向かった先は北海道の食材を扱う飲食店の本部で、常務に会うのは地震以来だった。ある程度内容をつめた後、地震の話題に。取引先などの被害はなかったという。話題が膨らんだため、「福島出身で」と伝えてみる。「あぁ。そう」と、急に常務の表情が変わった。眉間にしわが出来て、目尻が下がり、悲しそうな目で私を見る。「みんなは無事だったの?」と聞くので、いつものように「はい。内陸部の郡山市なので被害はそれほどでもなかったですが、会津にいる祖母が農家で、風評被害を受けているようです」と答える。2011年5月11日:佐藤福子:静岡県沼津市:女33歳:水曜日なのでお店休み。10時頃起きた。日課の地震チェック。静岡県はなし。ショップカードのイラスト完成のメールを受け、紙と枚数を決めて発注。昨日から痛い右足首がやっぱり痛い。捻挫かな、病院かなと思うもものすごい雨なので行く気がしない。動画やビデオ、テレビを見たりアプリで遊んでるうちに夜になる。食事の時くらいニュースにしてと母に言われるが、避難区域の牛など、動物のニュースが可哀想すぎて、テレビのニュースそのものが見られない。すぐにチャンネルを変えた。

    コメント
    記事とは関係ありませんが、キングオブワンズというゲームを覚えていますか?今は携帯サイトでひっそりと公開されています。
    しかし、本当に対戦する相手が居ないので実質死んでいる状態です。
    あれほどまでに面白いゲームをこのまま腐らせてしまうのはもったいないと思いながらも、私にはどうすることも出来ず、同僚と手書きのカードを作り遊んでいます。こんなことをここに書いたところで何も変わらないと思っていますが、この思いをどうしても伝えたく、書き込ませていただきました。
    米光さんのお力でなんとか知名度をあげることはできないのでしょうか…。このまま消えていくにはあまりに惜しいゲームです。
    長文すみませんでした。
    • 元なつげーユーザー
    • 2011.06.28 Tuesday 23:00
    キングオブワンズ! 自分が創ったゲームなんでさすがに忘れないよー。
    あのタイプのさらに面白いゲーム作りたいな(もうちょっとポピュラリティあって遊びやすいけど、でもちゃんと勝負できるやつ!)。誰かプロデューサーやってくれないかな。
    • 米光
    • 2011.07.02 Saturday 03:07
    コメントする








     
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック
    Calendar
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031    
    << October 2017 >>
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    • 文章を書いたらチェックしたい17の項目改2
      米光 (06/13)
    • 「キングオブワンズ」またも復活
      頼鳥 翠 (02/20)
    • 『魔導物語』20周年記念メモ
      /Tachesci (11/23)
    • 「アンチオレンジレンジ」サイトが「オレンジレンジファン」サイトになってる理由
      x hot アイアン (08/13)
    • 発想力トレーニング講座「想像と言葉」
      おやつ (06/22)
    • 宣伝会議編集ライター講座上級コース第7回目
      米光 (04/28)
    • 宣伝会議編集ライター講座上級コース第7回目
      通りすがりA (04/27)
    • 偶然を味方につける
      う。m (03/17)
    • 「人生は神ゲー」と考えてみるゲーム(ゲーミフィケーションについて3)
      もやし (01/22)
    • 日本公式萌えキャラ「ひのまるこちゃん」とか作ればいいんじゃないか。
      笹 (06/17)
    Recent Trackback
    Recommend
    自分だけにしか思いつかないアイデアを見つける方法―“企画の魔眼”を手に入れよう
    自分だけにしか思いつかないアイデアを見つける方法―“企画の魔眼”を手に入れよう (JUGEMレビュー »)
    米光 一成
    “「ぷよぷよ」を作った人気ゲームクリエイターが、若手育成カリキュラムの中から生み出したトレーニング法を公開!”
    Recommend
    仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本
    仕事を100倍楽しくするプロジェクト攻略本 (JUGEMレビュー »)
    米光 一成
    「楽しいプロジェクト型」で仕事を楽しくデザインするための攻略本。
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM